ワヤスミ本家

□*** affair ***
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告白は2年前。
返事を貰ったのは9ヶ月前。
付き合いだしたのは、約半年前。


「時々さあ」
和谷が堪らず投げ遣りな声をあげた。
「伊角さんが俺のことどう思ってるのか、わからなくなる」
指は、伊角のくいしばった唇を解く様に。
「ね、伊角さん」
小さく震える彼の肩は、夕闇の中で青白く見える。上気した頬を、生理的なものか悲しみの為か分からない涙がつたった。
「伊角さんのすきにしていいよ、じゃあ。俺何もしないで見てるから。そのまま帰ってもいいし」
言葉は、解かれた手の痺れより心を揺らした。
自分の何かが、今、彼を不安にさせている。

「どう思ってるって…答えればいいのか…?」
「そういう問題じゃないよ」
「何で、こんな…事」
強引に暴かれ、慣らされた下半身がぬるく重い。隠そうにも、その手段と気力は伊角にはなかった。
和谷が、小さく笑い、唇を舐める。その舌の色が、やけに赤く見えた。
「…わかんない?」

最近和谷に、素直に甘え、求められることがなかった。
ただそれは、お互い仕事が忙しくなったとか、和谷にとっては大事な時期だからという理由が伊角の中に歴然としてあったのだ。
和谷に対して、言葉で愛情を示すことは確かに少ない。
というより、態度でもうまく表せてはいないだろう。
全て、促され求められてやっと発することが出来る。
それが、和谷には気に入らなかったのだろうか。ずっと心に押し込んでいたものを爆発させた様な行動を、伊角は受け止めるしか術を知らなかった。
性格上ストレートに物を言う事の多かった彼をそこまで追い詰めた自分に思い至る。先程までの行為も、和谷は一度も自分で快楽を得ようとしていない。ただ繊細に、乱暴に、伊角を追い詰めて滅茶苦茶にしただけだ。
「和谷…」
手を伸ばすと、あからさまな拒否がある。こんなことは初めてだった。
「同じ気持ちを求めるのは間違いだって分かってるけど」
和谷の瞳は、伊角を見ない。
「伊角さんは大きな愛の人なんだね?」
揶揄するように、言葉を継いだ。

恋は、想っているだけでよかった。欲してもそれは得られないと、半面分かっている。
恋愛は、求めてしまう。だから、恋していた時より寂しい、悲しいのだ。
きっと自分ばかりがあせっている。和谷は立ち上がると、伊角に散らばっていた服を放った。
「ごめんね。今日は帰って? 俺頭冷やすから」
「…大きな愛って…何の事だ…?」
「気にしないでいいよ。ちょっと言ってみただけ」
「…和谷」
伊角の痛みをこらえる様な表情が、心に刺さる。
和谷は黙って流しでタオルを濡らし、伊角にそれを渡した。夕方の水道水は温かった。
「自分で拭ける?」
受け取りはしたものの、伊角はそのまま動こうとしない。
「…伊角さん?」
「…和谷、俺は、…お前が好きだ」
「…知ってるよ、そんなの」

けれど、あの時彼は、微笑んでいたのだ。

「伊角さんと俺の『好き』は」
途方に暮れた様な伊角に、和谷は焦れた。
「違うんだ」
「違わない」
「違うよ。じゃあ何であんなに、」
言っても詮無い事だと分かってはいる。
「…伊角さん、例えば俺が、浮気しても平気でしょ」
沈黙が落ちる。二人の視線は合ってはいるが、見ているものは別の所にあった。
「…平気な訳ないだろ」
伊角のかすれた声が、ただ囁きになる。
「そう?」
「当たり前だ」
外の、子供の笑い声がやけに大きく聞こえる。
夕闇が迫っていた。
伊角との付き合いは長い。
彼がとてもシャイな人だという事もよく分かっている。
けれど、「友人」から「恋人」になって、伊角には欠けている感情があるのではないかと思う事が多々あった。
例えば伊角が他人と話している時、それが親密そうであればある程、和谷は苦しい思いをさせられる。子供っぽい感情だと自分を抑える事も出来ない。それは表情に表れ、態度にさえ出た。
伊角にはそれがない。いつも、振り返ると彼は穏やかに微笑んでそこに居る。
年の差や気のせいではない。独占欲や嫉妬と、伊角は遠い所にあった。
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