ワヤスミ本家

□アリエナクナイ
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「…わや、もとぎゅっとして」
涙声には当然弱い。それが滅多にない台詞なら尚更だ。
しかし、
「…ん」
抱き合った状態で吐息を聞かされると、そうも言っていられない。
「う゛っ…そそそ、そう言えばさっ」
湯の跳ねる勢いで、和谷は伊角を引き剥がした。
「…今日はどうして飲んでたの?」
下肢を懸命になだめつつの問いは、これ程振り回された者として訊いていい事だった。
「きょーじゃなて、きのう」
「うんうん、昨日ね。それで誰にそんなに飲まされたの?」
「おれのんだよ?」
「…。誰と、飲んだの?」
「んと、高校んときのどーきうせたち」
因みに伊角が20歳になるまであと半年である。
「しんろきまってさ、よかったねって、しんねんかい」
なるほど、何となく事情が分かってきた。
「だいがくせーの連中とか、すごーくのんでた。帰れたかなーみんな」
きっとその大学生とやらが、伊角に初めてといっていい量のアルコールを摂取させたのだろう。「人の心配より」と説教しようとして、和谷は伊角の様子が少しおかしいのに気付いた。
「伊角さん、大丈夫?」
彼は湯をもて遊びながらも、半分瞼が下がっていた。長い睫毛が涙の跡を隠す。
「んー」
「眠たいの?」
「うにゃあ」
「…」
肩にもたれかかられ、にっちもさっちもいかない状態になる。
「ね、起きて。もう上がろ」
放って置いては危ないと踏んだ。
なだめすかして、意識を手放そうとする伊角を起こそうとするが、「むー。わやのばか」と、肩に回した腕を離そうとしない。シャンプーの香りが鼻をくすぐり、和谷は半分泣きたくなった。
「起きなきゃダメだって!」
「ううー」
そして遂に伊角は、和谷の想像を超える行動に出た。
「えーい…」
「えっ!!ちょ、ちょい待って伊角さんっ」
「…ちょとかたいー」
あろう事か、和谷は自身を握られてしまっていた。
「ん…ん、」
首筋は唇で吸われる始末だ。
ゆるゆると扱われているだけなのに、彼の指が触れていると思うと血が昇る。
「ん…おれのも、して、おねがい」
『ねむねむモード』から、一気に『してしてモード』になった酔っ払いの変換の早さに半ば戸惑いながらも、手は考えるより先に伊角のものを探っていた。
「ひぁっ…う」
声を聞いてしまってから、和谷は自身の熱を後悔したが、既に遅い。
「わ、やぁっ」
「…っ、伊角さん…」
息を荒くし、和谷は伊角の背を抱いてバスタブに押し付けた。
いつからか始まった口付けの深さと、いつも綺麗だと思う彼の形が白い湯の中で見えず変化するのに、めまいがする。
同時に、求める刺激の底の無さを感じた。
和谷は伊角の脚を開かせ、体を割り込ませた。
「伊角さん…」
「…んう…」
先程から煽られていたせいで、痛い程張り詰めたものが解放を求めている。それでも、湯の中では伊角に無理を強いる事は出来ない。
雑誌か何かで見た、湯にとろみのつく入浴剤というのはこういう時に有用なのだと頭の隅で納得しながら、上気した頬に口付ける。
「一緒に、しよ」
「…いっ、しょ…?」
とろんとした瞳で意味を解さない伊角の指を開かせ、熱を伊角のそれと合わせて握り込んだ。
「っや、あうっ」
「…く、」
それだけで、飛びそうになる。
「…っは、あちい、わや…」
『暑い』なのかそれとも『熱い』か、恐らく両方だ。和谷も熱に浮かされた様に深く絡んだ口付けをやめられない。
「…んん、ふ…」
伊角の片腕は和谷の首にしがみつき、片手は最近急激に大人びてきたその手に添えられ、緩急をつけた動きを追った。
バスタブから不審に湯が溢れる。
「っあ、あっやあっ」
筆先を軽く弄ぶと、声が高く風呂場に響き、
「っく、やべ…」
膝の痛みも気にしていられなくなる。
「はあっはあっ…あぁ…っ」
伊角の喉がひくついた瞬間、
「は…っ」
和谷は性を吐き出した。
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