ワヤスミ本家

□菓子屋の陰謀
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和谷がふざけた振りで言う。
「あんまりさあ、早く先に大人になっちゃわないでよー」
聡い伊角には本気が透けて見えるので、何か慰めを言おうとするが、先を越された。
「…なんてねっ」
「…和谷、」
「そだ、伊角さん、」
つい口が滑ったと、和谷は話を変える。
伊角が先に20歳になった時、和谷にはその差が具体的な壁になった。
しかし、確実な将来に追い付けると、今はもう余り口に出さない。気が急く事は多くあっても。
「ねえねえ、2月の行事って、何があると思う?」
「何かあったかな。取り敢えず出張はない筈だけど」
「…わざと?」
「え?何?」
どうやら天然らしい。
「…棋院のじゃなくて、一般的なやつだよ」
ため息と期待と共に答えを乞うと、
「二月は…節分?」
どうやら本気らしい。
「……」
同性とはいえ、恋人のいる身でそれはあんまりではなかろうかと、先程知った自分を棚に上げて和谷は
「他にもあるじゃん!バレンタインとかっ!」
仰向けに倒れ込む。
「…あ。あー…」
「ね、今年はさ、」
「弟が鬼のお面作ってたからつい、」
「俺が…」
錯綜する会話に、和谷はぷつりと黙った。
「…和谷?」
「いや、何でもないよ」
ふと、ある考えが和谷を遮らせたのだ。
「えーと…そういう訳だからさ、2月の14日…仕事終わってからでいいから、空けといてよ伊角さん」
「…別にいいけど。何企んでるんだ?」
「企んでなんかないってー。でも楽しみにしててよっ」
不審げな伊角を、その日には驚愕させ、惚れ直させてみせると。

■ □ ■ □

「ユセン…って何すか…?」
和谷の頭には船の図が浮かんでいた。
「お湯沸いたでしょ。こっち…大きい方のボールに入れて」
「はあ」
「んで小さい方のボールにー」
和谷を仕切っているのは誰を隠そう芦原だ。
「んもーじれったいなあ。俺がやっちゃった方が早くない?」
「ぜってーダメ!!です!」
「だよね。いいなあ、渡す相手がいる人は〜」
女子高の家庭科室の様な状況だが、実際は和谷のアパートの狭いキッチンをより狭く感じる男二人で計画は実行されていた。
時はバレンタイン前日午後。
互いの都合を突き合わせると、切刃詰まってしまった。
「でも何でここまでしてくれるんすか?芦原先生」
材料や器具を持ってきたのは彼なのだ。
「面白そうだから」
即答である。
面白がられるネタを握られているのは確かだが、釈然としない。
「ちなみに聞きますけど、何でチョコの作り方知ってて道具まで持ってんすか?」
芦原が料理上手というのは既知であり、だからこそ教えを乞うたのだが。
「それはね〜うふふ、聞きたい?」
否と言う間もなく芦原は
「色々貰ったチョコのお返しをするため〜」
と、ろくでもない事を言い出した。
「お返し…ホワイトデーに?」
「そう。皆ショック受けるんだよねえ」
俺のが美味いから、と芦原は悪びれず言った。
「それは…お返しっつより仕返し…」
「ん?」
「イヤ、何でもないっす!」
こんな調子で作製は進んだのだった。


玄関扉が控えめに叩かれた。余りに控えめな音なので、和谷は聞き違いかと思った程だ。
「何かお客さんみたいだよ」
芦原がボールに残ったチョコを指に、促した。
冬の日差しは既に落ち始めている。
「はーい!はいはい、誰?」
手を拭きながら扉を開けると、
「伊角さん?!」
今は出来れば訪問を許したくない人がいた。
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