ワヤスミ本家

□もういくつ寝ると
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『…わ…和谷?』
「ぎゃー!! 伊角さんだー!!」
当然に戸惑った様な伊角の声を無視して、和谷は立ち上がって近所迷惑に両足をばたばた踏み鳴らす。
「もーどうしたんだよっ、何かあったのかよっ?! 何で携帯切ってんのっ?! 怪我とかしてないっ?!」
矢次早の怒鳴る質問に、伊角も少し混乱する。
『怪我? 和谷お前、怪我したのか?』
「ちげーよっ、伊角さん事故ったりしてないっ? 死なないよね電話してるって事はっ?」
『…。…どういう話になってるのか今いち見えないんだけど…』
伊角は浦島太郎状態で、和谷に落ち着きを求めた。
「どーゆーって、伊角さんが携帯切ってんのが悪いんじゃん!」
『切ってない。電波が悪いというか…ないんだ、殆ど』
「うっっっそだー!」
東京っ子には、電波がないのは地下だけというイメージがある。
『嘘じゃない。だから今、ばあちゃんちの電話で』
「マジっすか…」
伊角の小声は、氷さえ張りかねない古びた廊下で少し震えていた。
数年前に来た時には携帯を持っていなかったので、電波の事など考えもしなかったのは当然であった。
「そんな田舎なのかよ、うわ…」
『田舎だって言っただろ。近くのスキー場の方は通じるみたいだけど』
「寒い? てゆうか伊角さん寒そう」
『寒い』
歯がかちかち言う音こそ聞こえないが、和谷には恋人の白い息が見える気がした。
『…和谷。あのさ』
「なに?」
『…怒ってないのか』
「へ? …何を?」
『…』
沈黙が落ちる。
「え、何か俺…いつの話?」
和谷はフル回転で考えた。しかし問題は浮かばない。
『…あの…。暮れと正月、俺がそっちにいないから』
「…あー! それ?」
『…それ』
「何かどうでも良くなった!」
『ええ?』
喧嘩別れじみて、実は自分から電話のしにくかった伊角は唖然とする。
『どうでもって…』
「伊角さんが生きてて安心しすぎてってゆーかさ、忘れてた。そりゃ、今からでも会えたらなあって思うけど」
『…』
「伊角さん?」
『俺も、会いたい』
「…マジっすか」
『マジ』
こんな事ならもっと早く電話すれば良かった。
引きずらない和谷の性格を、良く知っている様で分かっていなかった。伊角は、改めて恋をしていると思う。
「じゃあね、大晦日が過ぎたら、すぐ電話して」
『元日の0時に?』
「うん。一番に伊角さんに、あけましておめでとうって言いたい、俺」
『…分かった。いいよ。約束する』
カウントダウンを一緒にしてやろう。ラインはつながっている。
「何か、わくわくしてきた!」
新年は、すぐそこだ。


⇒End。。。
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