ワヤスミ本家

□4月のロウソク
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「…なんか」
「え?」
「身の周りが、和谷から貰ったもので構成されてきてる」
「俺色に染まってるって事っすかねー」
「そうかも…」
ぽろっと言った後で恥ずかしくなったのか伊角は、
「…とにかく、ありがとう」
手にした青いリボンのしわを伸ばして畳みだした。
「じゃ、ありがとうのキスして?」
「…バカ」
恐らく来ないだろうと思ったキスは、頬に不意打ちで、柔らかく来た。こんな事は滅多にない。
「っ、あとケーキもあるんだ伊角さんっ!」
和谷は有頂天で立ち上がる。自分でもお手軽だと思いつつ、口元が弛む。
「ケーキ? そんなのいつ用意したんだ」
とてもそんな時間があったとは思えないが。
「魔法です」
和谷は冷蔵庫を開けて、黄色いリボンの架った白い箱をうやうやしく持ってきた。本当に魔法の様だと伊角は思うが、つい気のない事を言ってしまう。
「このトシになってケーキも何も…」
「じいさんになったら、さくら餅にしてあげる」
「さくらもち?」
「じゃなきゃ、ラクガンとか」
「はは」
小さなホールケーキには、『しんちゃんおたんじょうびおめでとう』とあった。
「しんちゃん…」
「ロウソクつきっ」
誕生日というイベントをすっかり楽しんでしまおうという和谷の仕掛けに、伊角は吹き出す。
「それと、一手ね」
電気もテレビも消して、細い小さなロウソクたちの光の中で、紙片が差し出された。
「?……ああっ!!」
「……忘れてただろ伊角さんアンタ……」
去年、言い出したのは和谷だった。互いの誕生日毎に一手指していこうと。
壮大な計画というより、二人の関係を表す為のささやかな約束だった。
「ええっと、そうだ、」
「いいよもう…どうせ」
「わ、忘れてた訳じゃなくてだなっ、」
「どうせどうせ、伊角さんにとって俺ってその程度の」
「和谷ごめんっ、ごめんってば!」
これだけ尽されているというのに、その重要な約束をやや忘れていたのが申し訳なく、伊角は肩を落とした和谷を揺さぶって抱きしめた。
「ふーんだ」
「ごめん…ごめんな、和谷」
拗ねた和谷の背中をなだめる様に叩いて、溶けたロウソクの垂れる音を聴く。律義で一途な和谷への愛しさに手放した青いリボンが、床にカサリと落ちた。
「和谷…ケーキ、食べるか? 食べよう、な?」
機嫌の取り方が、何だか和谷が小さな頃から全く進歩していないのは、伊角自身も分かっているけれども。
「イヤ」
「へ?」
「い、や、だっ!」
(ついに)和谷が伊角をソファの傍に押し倒した。
「っ?!」
「もー…やだ」
「和谷…」
揺れるロウソクの光の下では、年下の恋人の表情は見えない。伊角はまた謝罪を口にしようとして、
「ん」
和谷に口唇を塞がれる。
「…ケーキじゃなくて伊角さん食べる…」
「…お…俺はケーキが食べたい…んだけど」
「ケーキは後でっ」
腰の上に乗られていては、どうにも逃げられない。
「そ…ですか」
和谷の白い歯が何かを企んで笑む。ソファの上に放り出されたままの、不埒な『プレゼント』の事を忘れていて欲しいのだがと、伊角はむなしい期待をした。



⇒End。。。
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