ワヤスミ本家

□パンドラ
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『いやそんなのいいスけど…今移動中で、』
「そうか、悪かったな、じゃあ」
『伊角さんから電話かかってきたから今日は運良さげデスっ、仕事頑張るよ俺!』
そんな事を、一応周りを憚ってナイショ話の様に告げる。子供時代と変わらない好意をそのまま表現して和谷は、土産は何がいいかと尋ねた。
伊角は、思わず知らず自分のTシャツの胸をたぐる。あのコンドームの、ひどく甘い匂いをまざまざと思い出した。
「……和谷が」
『う?』
「早く帰ってきてくれれば……それで」
『……はあっ?!』
「いや、何でも……」
『ちょ、どーしたの伊角さんっ?! 何か悪いもんでも食った?!』
「……随分な言い様だな」
確かに、言い慣れてはいない睦言だったが。
心細さが言わせた。
『よっしゃわかったっ、じゃあ明日、ちょっとっきゅーで帰る!』
和谷が跳ねた髪を揺らして言うのが見える気がする。
「ああ…ありがとう」
名残惜しい電話を切って、伊角は床に倒れ込み、自己嫌悪に震えた。
普段はあまり自分から電話して来ない伊角からの、朝一の着信に、恋人はどうにも浮かれていた。それを愛と言わずして何と言おう。
(バカだ…俺は)
その彼を一瞬でも疑うなんて。
あの箱を開けなければ良かった。痛烈な後悔が襲う。段ボールのゴミ出しなど来週でも別に問題なかったのだから、開けなければそれで済んだのに。
自分のキチンキチンとした性格を恨むしかない。
「あーううーっ」
伊角はむずがゆさに衝動を抑えられず、フローリングをゴロゴロ転がった。


■ □ ■ □


問題の箱は、玄関の上がりの壁際に置いてある。まるで、届いたままですよー、全く触ってませんよー、と言わんばかりに。
駅から夕日に向かって走って帰宅して、汗をかいた和谷が風呂に入っている間に、伊角はブツブツと予行練習をした。
「あ、何か荷物届いてたぞ…と。ヶホン」
言った時の和谷の顔を見るのが怖い。もしも万一、ばつの悪い様な表情をされたら自分は立ち直れないかも知れない。

自分より和谷を幸せにできる人が現れたらいつでも笑って手を放すつもりで、和谷が女の子に人気なら嬉しい事だと思うべきで。
年下の恋人は、そんな伊角の考えは勝手だと責める。
しかし永遠を諦めている振りをして、逆にしがみつきそうになる自分を伊角は相変わらず醜いと思ってしまう。こんな時、思い知らされる恋の苦しさ。

「伊角さんっ、あがったよん♪」
スーツを脱いで頭をふきふきボクサー1枚になった和谷は、社会人から歳相応の少年になる。
「あー、そうか。ええと」
喉に何かがつかえる。洗濯し乾いたハンドタオルを思わず正三角形に畳んでしまった。
「あのな、お前のる、留守に…」
「ほえ?」
和谷は台所で牛乳をパック飲みしている。落ち着け、と伊角は中国棋院で培った感情コントロールを私生活で発動しようとした。
「お前宛てで、にも、にも…にも」
「ファインディング?」
ここにヒカルがいれば、『ファイティングじゃん? ニモって』という素晴らしい二重ボケをかましてくれるだろうが、残念な事にコントをやっている余裕が伊角にはない。
「っ、荷物が来てるんだ宅急便の!!」
いっそおかしい位の勢いで、伊角は立ち上がって畳みかけのジーンズを膝から落とす。
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