頂き物、捧げ物

□企画提出
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頭を撫でてあげてもいい


部内で一番の俊足が去り、そいつを慕っていた後輩が一緒に去り、更に数人が陸上部を去った。学期のはじめ、人で溢れていた部室は、今は閑散としている。
今日のように大雨で部室で柔軟体操をするしかない日は、特に部員の減りが顕著に見えた。

「マッハ先輩、げんきだして!!」

寂しい室内を座った目で見回していた速水は、不意に耳元で響いたキンキン声に耳を塞ぐ。

「化野か。お前は無駄に元気だな」
「うん、ボク元気!!」

数少ない一年生のうちの一人である化野が、細い目を更に細めて速水に笑いかけた。
嫌味を込めた台詞だったのだが、化野は全く気になどしていない様子。

「マッハ先輩、いっしょに柔軟しようよ」
「…仕方ねぇなぁ」

なんだかんだ言っても、後輩に慕われるのに悪い気はしない。速水は軽く息を吐いて、床に尻を付いて脚を伸ばして座り、準備播但の化野の背中に手を置いた。

「お前、空気読まねぇな」
「うぁー…空気ぃ?」

実力のある部員が居なくなった部内には、諦めとか絶望感じみたものが漂っている。
無意味にテンションの高い化野に、口には出さずとも苛ついている部員も少なくない筈だ。

「長年連れ添った仲間に出てかれちまって、落ち込んでる奴もいっぱい居んだからさ。そーいうとこ気にしてやれよ」
「えー、ボクわかんな…痛、いたたた!!もっとそーっと押して、そーっと!!」

デリカシーというものを持ち合わせない後輩を、速水は誰かに台詞を拾われる前に黙らせる。化野は、パシパシと床を叩いて曲がる限界を訴えた。

「マッハ先輩、ひどい〜」
「どっちがだよ」

手を離せば、化野は唇を尖らせ涙目で睨んでくる。
速水だって、ライバルが居なくなったことに少なからずショックを受けているのだ。まだ日の浅い一年生には分からないかも知れないが、せめてもう少し気遣いを見せてもバチは当たらないのではなかろうか。

「お前は、仲間が減ったの、寂しいとか思わねーの?」
「んん〜…」

オブラートにくるんだ言い方ではちっとも伝わらないので、速水は出来る限りの小声でストレートに聞いてみた。
化野は、顔に似合わぬ可愛らしい仕草で、人差し指を顎に当てて首を傾げる。
少し考えて、化野は口を開いた。

「でも、人いっぱいだと、ボクきっとマッハ先輩とずっとお喋りできなかったし」
「…はぁ?」

返って来たのは見当外れの答えで。
怪訝な顔をした速水に、化野はじたばたと手を動かしながら必死な感じに説明してくれた。

「んと…、いっぱいの頃は、ボクあんまり先輩と話したことなかったんだ。でも今はマッハ先輩とも仲良し。だから、部員が減っちゃったのは残念だけど、嬉しいんだ」

化野の言葉で思い出す。
そう言えば、部員が溢れていた頃には、名前すら分からない人間も多かった。
全員が一丸となるには、少々人数が多かったのかも知れない。

「…プラス思考だな」
「それって、ボク偉いってこと?」
「…いいから。柔軟の続きすんぞ」
「はーい」

今の、この全員が見渡せる陸上部も良いかも知れないと、速水は初めて思えた。
とりあえず、そう考えられるようになったきっかけを与えてくれた化野に、感謝の意味も兼ねて頭を撫でてあげてもいい。

「マッハ先輩〜、そこは背中じゃな…痛い痛い!!ギブギブ!!」
「お前は空気読めなすぎなんだよ…」

雨が上がったら、久しぶりに全員で走り込みでもしようかと思った。


END


後記:『今日も、またー』さまに提出するスカウトちゃん文章です。
陸上部が好きです。中でも化野くんとマッハくんが好きなんです。
無印の頃を思い出しながら、楽しく書けました。参加させて下さって、ホント有難うございました。
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