吹部レンジャー

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   伝説の戦士たちのまとめ


 初めに闇があり、そこには何もなかった。何もないそこにいつしか小さなあぶくができた。あぶくはやがて『根源のもの』になった。『根源のもの』がくしゃみをすれば風が、笑えば炎が、泣けば水が、欠伸をすれば草木が、というように何かするたびに闇は今の世界に近づいていった。そんなこんなで20日くらいをかけ、この世界が出来上がった。
 『根源のもの』は最後にたくさんの精霊を生み出した。精霊たちは生を喜び、子を産み栄えた。ただあまりにたくさんの子が子を産み世代が重ねられたため、『根源のもの』より与えられた自然を操る力はどんどん弱くなった。あまりに力が弱くなってしまい精霊とは呼べなくなったので、精霊は族や魔族と呼ばれるようになった。今我々人族がトゥーラという自然を少しだけ操る力を使えるのは、我々が精霊の末裔だからである。



 私達は、天井が高く面積だだっ広いは広い講堂に始業式のために集まっていた。
いくらやっと冬が終わったころの花咲き月だとしても、数千人がひとところに椅子に座れて入るが前後左右の人との間が数センチの密度で集まっていれば、それなりに暖かくなるものである。むしろその一月後の気温と同じぐらいにしか感じられない。そんな講堂に低音の耳心地のよい声で、朗々と世界の成り立ちの、御伽噺にしか聞こえない神話が語られるのである。眠くならない方がおかしい。
 ちょっとした諸事情で最前列に座っている私は大きく欠伸をして、眠気を振り払うようにぶんぶんと首を左右に振った。右隣の瑠奈(るな)は背もたれの上に頭を乗せて涎までたらして寝ているし、その隣の湖(こ)ノ(の)葉(は)は首を限界まで下に向けて寝ている。いびきが聞こえてこないのが逆に不思議なくらい堂々とした居眠りだ。
「遥か469年前、初代西部戦隊吹部(せいぶせんたいすいぶ)レンジャーは世界征服を企む時の魔王、戮殺(りくさつ)大魔王を打ち滅ぼし、この世界に平和を取り戻したかに見えた」
左隣の唯(ゆい)夏(か)が小声で「ねえ日和里(ひより)、なんでそんな細かいんだろね」と言うので、同じく小声で「本にでも書いてあるんじゃない?」と返しておく。唯夏は返事をしないとちょっと拗ねる。本当にちょっとだけど。
「しかし戮殺大魔王の軍は執念深く、まるでシンクにこびりついた水垢のようであったらしい。戮殺大魔王の子恐々大魔王を錦の御旗に、度々人界に魔物を派遣したり、魔王自ら特攻してきたりしたのだ。吹部レンジャーは再びそれを追い払おうとしたが、ひとつ大きな問題があった。それは前の決戦からすでに10年も立っていたため、ほとんどのメンバーが子持ちだったのだ」
この話は子供の頃から、耳にタコができて、しかもそのタコが話を暗記して、夜な夜な耳元でささやいてきて夢に見るほど聞いてきた話だ。それでも毎回聞く度に、こんな伝説の勇者って物語という物語を読んでも初代吹部レンジャーだけだと思う。子持ちの伝説の勇者ってどうよ。人間っぽくていいなとは思うけど。
「自身の子供を近所の人に預けて戦いに出た吹部レンジャー達は、恐々大魔王の魔の手も退けたが、こんなことでは世界は本当にどうにかなってしまうと、ひどい危機感を持った。吹部レンジャーは何度も話し合いを重ね、ひとつの結論にたどり着いた。
一つ、魔王軍に対抗するために必要な吹部レンジャーを、決してこの世から無くさないこと。
一つ、大魔王に対して戦えるのが自分達だけでひどく苦労したので、もう一つ同じくらい戦闘力のある部隊を作ること。
一つ、すぐに最前線で一部隊だけで戦うという、鬼の所業を強いることがないように、あらかじめ騎士団と共に最前線に出る、プレ西部戦隊吹部レンジャーとでも言うべき部隊をどちらにも作ること。
一つ、決して子供を放り出して魔王軍と戦わなくてはならないものを出さないために、婚期を逃すものが出ないように、いわゆる学生の年齢の者で部隊を構成すること。
それらをすべて考慮した結果、このブラス学園は作られたのである」
日和里のひざの上に、ぐしゃぐしゃに丸めた紙が投げられてきた。そこに書かれていたのは、ずばずばものを言うこと身内では定評のある美羽(みう)の文字で、「どんだけ子供と離れたくなかったんだよ初代」危うく大爆笑しかかって、何とか笑いを殺したら今度はのどが痛くなった。後で保健室にのど飴をもらいに行こう、そうしよう。手早く返事を書いて、また丸めて美羽に投げ返す。返事には、「初代さん婚期も逃しているしね。大事な一人っ子だったんだよ」と書いた。隅っこに子供の絵も描いてみた。
「このブラス学園は生徒諸君も知ってのとおり、トゥーラがとりわけ強い子供を集めて教育している。生徒達が大いに遊び、学び、また自分を鍛え、この世界の平和を守る勇者となることを、創立者の初代吹部レンジャーも望んでいることだろう」
ふと右側を見ると、やはり湖ノ葉と瑠奈が爆睡していた。最前列だというのに、まったく呆れたことだ。瑠奈のピンクの髪の毛が、湖ノ葉の青い髪と混ざって紫に見えてきた。そろそろ末期かもしれない。早く始業式終われ。さっさと新任の先生の紹介とかになってよ。
「ではこれより、ブラス学園特殊戦闘部隊の発表に移る」
学園長のこの一言で、今まで眠気に満ちていた会場の空気が一気にざわめき出したのがわかった。その静かなざわめきに今まで寝ていた生徒達も目を覚ましたらしく、さらにざわめく。私にはその騒ぎにまぎれて、左から伝言が回ってきた。
「瑠奈と湖ノ葉起こして」
左端の菜乃(なの)が口パクで、早く早くと言っていた。その隣の史(ふみ)汝(な)も何とか伝えようとがんばっているが、いかんせんジェスチャーが難解すぎて必死なこととしか伝わってこない。まったくもって天然である。もうすぐ出番だというのに右隣はまだのんきに寝ている。もう今度から、爆睡コンビって呼んでやろうかなと思いながら、二人を強くつついて起こした。
「もうすぐ出番だっての」
「……おー、わかったー」
「お、起きる、起きるぅ……」
絶対こいつら起きてない。まだ寝ぼけている。だって呂律が回ってない上に、目が虚ろだ。右端の早苗(さなえ)は呆れた顔でため息をついていたが、なにもしなかった。隣の席に座ってるんだから、湖ノ葉起こしてくれればいいのに、まったく。
 北部(ほくぶ)戦隊(せんたい)弦部(げんぶ)レンジャーの準備部隊、南部(なんぶ)戦隊(せんたい)楽部(がくぶ)レンジャー、弦部レンジャー、吹部レンジャーの準備部隊の東部(とうぶ)戦隊(せんたい)唱部(しょうぶ)レンジャーまでメンバーの発表が終わって、いよいよ残りは最強部隊、西部戦隊吹部レンジャーだけになった。
「第106代西部戦隊吹部レンジャー」
会場の空気はこれでもかと言うほど張り詰め、他人の息の音が聞こえるほど静まり返った。生徒全員が、最強部隊のメンバーに選ばれる学園最強の生徒を、見逃すまい、聞き逃すまいとしているのだ。
「レッド、日和里。ブルー、湖ノ葉。イエロー、美羽。グリーン史汝。ピンク、瑠奈。オレンジ、菜乃。ブラック、早苗。ホワイト、唯夏。以上八名全員、先代東部戦隊唱部レンジャー。壇上へ」
司会の教師の呼びかけに答え、最前列に座っていた私達は、全員でピンと背筋を伸ばして、壇上に上がった。会場中から盛大な拍手が沸きあがり、数千の目が注がれる。正直に言って、恥ずかしい。
「レンジャーの力の根源の付与に移る。弦部レンジャーは楽部レンジャーに『弦部の根源の羽ペン』を、吹部レンジャーは唱部レンジャーに『唱部の根源のグラス』を譲渡しなさい」
それぞれの部隊の副リーダーが、根源を相手のリーダーに一言添えて渡す。渡されたリーダー二人が、根源を頭上に高くかかげるのを待って、盛大な拍手が全校生徒から送られた。根源は様々な色を発しながら、各部隊の人数分に分かれて一人一人の腰のベルトに宝玉に変化してはまり込む。これからレンジャーを辞めるか別の部隊に昇格するか、もしくは死ぬまで、ベルトの宝玉は外れることはない。レンジャーであることの唯一の証明ではあるが、一種の呪いのようなものでもある。
「続いて弦部レンジャー、吹部レンジャーに根源を付与する。両隊リーダーは前へ」
どの部隊でも、紙の上ではリーダーはレッドに選ばれた人物の役割である。私は深く深呼吸をしてから一歩踏み出し、弦部レンジャーから出てきたレッドの隣に並んだ。レッド同士真横に並んで、ぴったり同時に学園長の前に出る。
「弦レンジャーには『弦部の根源のナイフ』を、吹部レンジャーには『吹部の根源の鍵』を」
やはり二人同時に根源を受け取った。頭上に掲げると、全校からの拍手に包まれる。ああ恥ずかしい、どうせ本当にリーダーっぽいことやっているのは菜乃なんだから、こういうのも菜乃がやればいいのにさ。巨大な鍵であった根源は、前の二つと同様に輝きながら分かれ、私達レンジャー達のベルトの装飾になった。
「知ってのとおり、その根源は代々のレンジャーの戦闘スタイルが記録されている。君達に戦闘方法を教えると共に、身体能力とトゥーラ能力を大幅に上げる。根源は身に着けていなければその力を発揮しないので、肌身離さず身につけるように」
各レンジャーが神妙にうなずいたのを確認し、司会役が吹部レンジャー以外に壇から下りるように指示した。
「では全特殊戦隊を代表して、吹部レンジャー、宣誓を」
「はい!」
私達八人は凛と張った声で返事を返し、壇の中央まで歩き観客席側を向いて半円型に並ぶ。高く掲げた右手を全員で重ねあわせ、叫ぶ。
「宣誓!」
「私達、第106代吹部レンジャーは」
「誇り高き吹部レンジャーとして」
「第7代魔王、黒々大魔王の」
「これ以上の侵攻を防ぐために」
「レンジャーの根源と戦闘服、武器」
「吹部レンジャーの誇りにかけて」
「学業と戦闘にまい進することを誓います!」
「皇紀1795年、花咲き月、二の週、雷の日」
最後に『鍵』の力で強化されたトゥーラを解放した。私が出した炎を湖ノ葉の水が包み、炎が消えると同時に、史汝の木葉が水をかき消す。その木葉も焼いて、太陽に似た菜乃の光の玉が現れ、あたりを明るく照らした。そこに美羽が雷を落とし、それと共に唯夏が雲を生み出した。雲を割って、早苗の影の黒い竜が現われ、講堂中を一周してみせた。大きく口を開けて、竜が瑠奈に突っ込んでいく。瑠奈は慌てず騒がず手でピストルを作り、竜を打ち抜いた。そうすると竜は黒からピンクに変わり、小さな破片になって消えていく。会場中に降り注いだ破片はすべてハート型をしていた。私達レンジャー八人がそろって礼をすると、会場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれる。うまくいってよかった。これで失敗したら笑えなかったよ。


 授業中に、教室に備え付けられている電話が鳴った。教師がそれを取ってなんことか会話すると私達のほう、正確には菜乃のほうを向いた。
「吹部レンジャー、出動要請だ」
「はい! すぐに準備をして出動します!」
 敬礼付きで答えたのは、先生の目線が向いている菜乃でもなく、リーダーの私でもなく瑠奈だった。瑠奈の声は授業をサボれるかもしれないという期待からか弾んでいる。というかリーサーは私なんだけど、何で瑠奈が答えてるの。
「当然ながら、たとえ要請に従って現場に駆けつけたところで、公欠扱いにはならないぞ」
「はい! 放課後になり次第出発します!」
「お前たちの、そういう現金なところは好きだぞ」
 放課後になるとすぐ、私達は制服から吹部レンジャーの戦闘服に着替えた。それぞれ採寸して作った特注品で、防御力が鬼のように高い。渡されたときの説明によると、機関銃の玉も貫通しないらしい。「流れ弾に当たっても大丈夫な安心設計です!」と言っていたけど、流れ弾飛んでくるの? さすが最強部隊、過酷。

学校にいる専門職員のテレポートで、魔王軍が攻めてきた前線の少し後方に送ってもらった。前回は最前線に送り届けてもらったが、着いたとたん魔獣に跳ね飛ばされたのだ。何もする前から体力を持っていかれるのはだいぶ辛かった。もう絶対にいやだ。

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