夢幻の関わりがあったから俺は、無限のよろこびを知った。

□第二章∞人形の家
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第二章人形の家

* * プロローグ * *


「黒崎、ちょっと頼みたい事があるんだが……」

 昼休み、呼び出された音楽準備室で、榊さんが話を切り出した。

「……? 俺に出来ることであれば」

 日本に来てまだ一週間も経っていない俺に出来ることなんてほとんどないんじゃないだろうか、そんなことを思いながら続く言葉を待った。

「私の知人なんだが……家で妙なことが起こるらしい。それを解決してもらいたいんだ」

「妙なこと? 解決?」

 言葉が曖昧すぎて把握できない。一体何が起こるというのか。

「つまりだな、その……幽霊の類ではないかと……」

 榊さんが歯切れ悪く言う。だがその理由も何となく理解出来る。
 幽霊の類……。
 錬金術師、つまり科学者は目に見えないモノは信じ難い、という当然(というよりもむしろ厄介)な思考回路を持つ。その錬金術師の口から“幽霊”なんて言葉が出るとは思ってもみなかった。

「えっと……霊現象を科学的に解明しろ、ってことですか? 無理です。いくら俺でも超常現象は管轄外です。ただでさえ研究が進んでいない分野だというのに、俺なんかには……」

「君なら、何かツテを持っていないか、と思ってな。解明せずとも解決出来ればいい。……結構深刻らしくてな」

 何とか出来ないだろうか、と続ける。何とか、と言われても……俺の知り合いで超常現象を専門に研究してるって言ったら……あっ!!

「……一人だけ、心当たりがあります。ですが、彼は興味を持ったことにしか調査を進めない。俺が間に入ったとしても門前払い、つまり話さえ聞いてもらえない確率はかなり高い。それでも良ければ、彼に話を持って行って来ますが……」

 確か日本で事務所を開いたと聞いた。過去のメールや手紙をひっくり返せば住所くらいは出てくるだろう。あの天上天下唯我独尊ナルシストな弟くんが素直に話を聞いてくれるとは思わないが、俺が日本に来ている、という報告も兼ねて事務所へ行ってみよう。

「可能性があるのならばすがりたい。よろしく頼む」

「力になれるかわかりませんが、最善を尽くします」

 そして俺はそのまま早退し、事務所の住所を発掘した後、渋谷へと向かった。


* * * * *


 SPR。よし、ここだ。
 ドアにあった事務所名を確認して扉を押し開く。カララン、という来客を告げる音が耳に響く。

「こんにちは! ご依頼ですか?」

 その音に反応して活発そうな女の子が迎えてくれた。

「依頼っちゃぁ依頼かな。俺、黒崎久維って言います。ナル……じゃなかった、渋谷さんいらっしゃいますか?」

 事務員さん、だろうか。こんな所に女の子がいるとは思わなかったので、かなり驚いたが、その驚きは心の内に留めておく。

「ナルのお知り合い? あたしは谷山麻衣。麻衣でいーよ。ナル、呼んで来るね。そこ、座ってて」

 女の子(お言葉に甘えて麻衣と呼ばせてもらおう)が明るい笑顔を向けたちょうどその時、奥にあったドアが開く。

「麻衣、お茶」

 そこから出てきた人物は、手元の資料から目を離さず一言。俺の存在には全く気付かない。

「は〜い。それよりもナル、あんたにお客さん」

 麻衣が部屋の奥へと向かいながら声をかけると、その人物はやっと資料から目を離し、俺を確認した。

「……キューイ?」

「久しぶり、ナルちゃん。相変わらずそうで安心したよ」

 ニカッと笑えば、ナルちゃんも表情を柔らかくした。

「何故キューイがここへ?」

 “ここ”が差すのは日本だろうか、それとも事務所だろうか。そんなことを考えながらも簡単に説明をしておく。

「ちょ〜っと上からの要請で日本に来ててね。今は学生やってるよ。義務教育期間だってね。で、こっちに寄せてもらったのはその報告。ナルちゃんの顔見たかったし」

 パチンとウインクを決めると、大きなため息と共に痛い視線を投げられる。

「その制服って氷帝だよね? 頭いーんだ」

 フワフワと湯気の立つ紅茶を出してくれた麻衣が口を開く。

「麻衣とは頭の出来が違う」

「なにおぅっ!」

 持っていた資料の束を机に置いてソファーに体を沈めるナルちゃんと、その言葉に頬を膨らませる麻衣。ほのぼのしていていい感じだなぁ、なんて思った。

「頭良いとか関係ないよ。こっちで世話になってる人がそこの教師だったってだけだから」

「そうなんだぁ」

 そのまま俺と麻衣の二人でどうでもいい会話が続く。すっかりナルちゃんの存在を忘れかけていた頃、黒いオーラが存在をアピールしてきた。

「で? 本当は何しにきたんだ? お前がわざわざ報告の為だけに来るとは思えない」

「そういえば、依頼……みたいなこと言ってたよね?」

 ナルちゃんに対する妙な恐怖は気のせいだと思い込ませて、俺も表情を切り替えた。

「さすがナルちゃん、全てお見通し、って訳か。でも、報告も目的の一つだぜ? そこんとこちゃーんと理解しといてくれよ?」

 俺が念押しするとナルちゃんは面倒くさそうな表情でさっさと続けろ、と言った。

「冷たいなぁ。ま、いーや。もう一つの目的。依頼人の話だけでも聞いてもらえないかと思ってアポ取りに来た。本来の依頼人との間にもう一人挟んでてさ。俺は“結構深刻な状態らしい”ということしか聞いてない。俺に相談に来た人がこれから世話になる人で……出来ることはしてあげたいんだ。もちろん、これは俺の都合だから無理にとは言わない。元々ダメ元で来てるからね。……どうかな?」

「とりあえず、話を聞くだけでいいんだな?」

「えっ? あ、うん。受ける受けないはその後で判断してもらえればいい。……本当にいいの?」

 あっさりと肯定されて、正直拍子抜けしてしまった。

「良かったね」

「明日にでも連れて来い。この時間帯なら空いている」

「ん。ありがと、ナルちゃん」

 この次の日、榊さん経由で本当の依頼者、典子さんとSPRへと訪れ、俺も調査に協力する、という条件でナルちゃんはこの依頼を受けてくれた。


* * * * *



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