夢幻の関わりがあったから俺は、無限のよろこびを知った。

□第五章∞異世界訪問
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第五章異世界訪問



 夏休みに入って数日。丸一日時間を使えるということは、自由な時間が作れる、ということで、俺はちょこちょことテニス部へ顔を出していた。
 そして今日は夏休み初の遠征。しかも、対戦相手は高校生らしい。

「何で高校生と? お前らにとって相手するだけ無駄なんじゃねーの?」

 わざわざ東京から埼玉に赴いて高校生とは言え無名の学校と対戦する理由がわからなかった。

「監督から頼まれた。向こうの監督が世話になってる人らしくてな」

 景吾が説明してくれるが、彼も不本意そうだ。

「成程。榊さんに頼まれたんじゃ景吾も断れない訳だ。でも俺はみんなの勇士を拝めて嬉しいけどな」

「久維が喜んでくれるなら俺頑張るC〜。応援してくれるよね? ……ぐぅ」

 背中に飛びついて頑張る宣言をしたジロちゃんは、俺の首に両手を絡めたまま、スイッチが切れてしまった。

「あーぁ、ジロー寝てもうたんか。ま、試合になったら起きるやろ。ほな行こか」

「あっ! ちょっと待て、侑士! ジロちゃん起こすの手伝え〜〜〜ぇ!!」


* * * * *


 当然の様に試合は氷帝の圧勝だった。今だにルールを把握出来ていないので試合の詳細は割合するが、誰が見ても一方的なゲームだった。
 いつもの練習時の様な生き生きとした表情は見られず、レギュラー陣全員が物足りなさを感じている様だった(ただ、華麗に技を決める瞬間は相変わらず格好良かったし、景吾のヘソチラは鼻血もんだったから、俺は満足できた)。

「景吾、お疲れ。ハイ、タオル。そーんなに眉間にシワ寄せてっと、美形が台無しだぜ? ま、格好良い事には変わりはないが……」

 あっさりと試合を終わらせて戻ってきた景吾にタオルを渡して笑顔を向けると小さくため息をつかれた。

「つまんなかったんだよな。だからスネてる訳だ。今日は景吾の“俺様の美技に酔いな”聞けなかったし。俺が慰めてやるよ」

 ぐっと背伸びをして、わしわしと景吾の頭を撫でる。俺が遊んでいるのに気付いた景吾は俺のこめかみを拳骨でグリグリと力を加えていく。

「〜っ! 痛ってぇ!! ちょっとジャレただけだろ? 可愛いもんだろ!?」

「俺で遊ぼうとすること事体が許せない。自業自得、だろ」

「痛い…マジで痛いからっ! 俺が悪かったです、ごめんなさいっ!!」

 涙目になりながら必死で(誠意のない)謝罪をすると、それが口先だけ、と分かっている景吾も攻撃をやめた。

「……暴力反対」

「あぁ?」

 ポソッと反撃してみるが、目ざとく聞きつけ、睨まれてしまった。
 俺はそれ以上の攻撃を防ぐためにその場から逃げる。

「じゃ俺ボトル洗ってくる。景吾もさっさと着替えなよ」

 去り際に、べぇと舌を出して屈した訳ではないことをアピールしておいた。ただの悪あがきだってわかってるけど……気休めだ、気休め。


* * * * *


 校庭の隅に備え付けられた水道の蛇口を捻る。そこから景気よく出てくる水は太陽の光に照らされキラキラ輝いていた。

「あれ〜? もしかして黒崎久維〜?」

 豪快にボトルを洗っていると俺の名前が聞こえてきた。声が聞こえた方へと目をやると、二人の少年。
 ……高校生かな?
 その内の一人、眼鏡をかけた方が片手を挙げているから、声をかけてきたのは彼だろう。
 昔の知り合い、だろうか。俺の記憶には残ってないんだけど。

「……もしかして昔の俺を知ってる人ですか? えっと、六年以上前の。俺ちっさい頃の記憶がスッパリ抜けてるんで、お兄さんのことわかんないんです。ごめんなさーい」

 軽いノリと笑顔で告げると、眼鏡のお兄さんも同じテンションで“あ〜そうなんだぁ。大変だねぇ”と答えた。
 あ、俺このお兄さんと気が合うかも。ふと、そんなことを思った。

 このお兄さんは村田健さんという名前で、俺とは従兄弟にあたるらしい。本当に小さい頃はよく遊んだとか。なんか納得出来るかも。この人のノリは結構好きだし。
 そして、もう一人のお兄さんは渋谷有利さん。接尾語として“原宿不利”が付くこともあるとか。この名前で相当イジられてきたんだなということが想像できる。有利さんはこの学校の生徒で、全国レベルの中学生との対戦を見に来ていたらしい。氷帝が大勝利をおさめたことには相当驚いた様だ。
 しばらくはそうやって他愛のない話で盛り上がる。俺にとって二人とも初対面なのに、ここまで楽しめるのは健さんも有利さんも気さくな人、だからだろう。

「あー、ごめんな、黒崎くん。仕事の邪魔だよな」

 水場に置かれたボトルを見つけて、有利さんが少し慌てて話を打ち切る。

「久維でいーです。あと、邪魔とか思ってませんから。もう洗い終わるし、あなたたちと話してて楽しいし」

「渋谷は気にしすぎだよー」

「お前は少しは気にしろ」

 俺の言葉に健さんが反応し、それに有利さんが突っ込んだ。この二人は眺めるだけでも十分楽しいかもしれない。そんなことを思った時、有利さんの頭にテニスボールが飛んできた。

「えっ!? うわっ!!」

 あまりの不意打ちに有利さんは体勢を崩し、俺と健さんを巻き込んで水場へと転倒した。
 出しっ放しだった水道の蛇口に後頭部をぶつける。地味な痛みに耐えていると妙な違和感。何かに引っ張られている感覚がする。
 有利さんと健さんの下敷きになっている状態で体勢を立て直すことも出来ず、俺を引き込む力は徐々に強くなっていく。
 ちょっと待て、冷静になれ、黒崎久維。常識で考えれば、ここに俺を引っ張る力がある訳がない。いつもより余分に重力を感じているだけ……。

「ちょっとっ! マジでっ!?」

 そう思い込もうにも実際には引っ張られている。恐る恐る力の中心付近に目をやると、排水溝がポッカリと大口を開いて待っていた。
 そこからしばらくの間、俺の記憶は途切れた。


* * * * *


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