夢幻の関わりがあったから俺は、無限のよろこびを知った。

□第二章∞人形の家
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* * 1 * *


「ステキなお家」

 前を歩く麻衣が玄関ホールでくるりと回って感嘆の息を漏らした。その様子を微笑ましいなと眺めていると、射抜くような殺気を感じた。俺は警戒心を強めて周囲の様子を窺うが、それは瞬時に消え、ただ麻衣が興奮する声が聞こえるだけだった。

「何を遊んでいる? キューイ」

 隣にいたナルちゃんが立ち止まった俺の顔を怪訝そうに覗きこんだ。

「何でもない。多分気のせい……」

「そうだろうな。気が済んだのなら行くぞ」

 ナルちゃんはそう言って典子さんと麻衣の後ろに続いた。ナルちゃんが冷たいのは今に始まったことじゃないし、俺の霊能力の類が皆無なのは昔やらされたサイ能力のテストで証明されている。あの反応は当然だ。そう思って俺も応接間へと入って行った。

「……久しぶりじゃない」

「こりゃ、奇遇だねぇ」

 俺が部屋に入った時、ソファーに身を沈めていた長髪のお兄さんとプライドの高そうなお姉さんが声を上げていた。

「お知り合い?」

 俺の疑問をそのまま聞いてくれたのが、典子さんの義姉の香奈さん。

「以前仕事で一緒だったことがありますから」

 と、ナルちゃんが答えた。
 何だ、ナルちゃんもお知り合いだったのか。
 ナルちゃんはお兄さんとお姉さんの紹介を断る。
 ……俺は初対面なんだけど、そんなのまるっきりお構いなしだよなぁ。
 そんなことを思いながら、ベースとなる部屋へと案内されていた。


* * * * *


「……で? なぜお二人がここにいるのか、お聞きしてもいいですか?」

 ナルちゃんが、一番後ろにひっついて来たお兄さんとお姉さんを振り返り問う。お兄さんとお姉さんは、ナルちゃんの視線に屈して説明を始めた。

「アタシは、ここに通ってる家政婦さんから相談を受けたの」

「俺は旦那の秘書とかいう人から」

「そんで、森下香奈に会ったら」

「こういうことは人数が多い方が解決も早いかもしれないわね、とか言われて」

「今日、ここに来ることになったわけ」

「そしたら驚くじゃねぇか。このおつむの軽いイロケ巫女が」

「この軽薄な破壊僧が」

「…………」
「…………」

「ここにいたわけね」

 お兄さんとお姉さんは仲良く喧嘩をしながら話し出す。最後は睨み合いになって、麻衣が二人の言葉を継いだ。
 イロケ巫女と破壊僧か。凄い組み合わせだ。
 麻衣もナルちゃんも呆れた表情を示す。

「まー、そういうことなんで、よろしくな」

 それをモノともせずに、お兄さんが明るい声と表情で言った。

「ねー、ナルちゃん。俺にはこのおにーさんとおねーさん、紹介なし? おもっきり、初対面よ?」

 話が一段落着いた所で俺が切り出すが、ナルちゃんはギロリと睨んでからうるさい、と言うだけだった。……まぁ、ナルちゃんが進んで紹介してくれるとは思わなかったけど、一応俺も調査員なんだぞー。

「俺らが勝手に自己紹介すりゃ話は早いわな。俺は滝川法生。高野山の坊主だ」

 破壊僧と言われたお兄さんがニカッと笑う。

「アタシは松崎綾子。巫女よ。あんたも結構可愛い顔してるじゃない。アタシ、年下でも我慢してあげるわよ」

 イロケ巫女と言われたお姉さんは腕を組んで妖しく笑った。
 お姉さんの言葉と表情に、お兄さんと麻衣の空気が凍ったのがわかった。
 ……あまり相手にしない方が無難だろうという結論に達し、後半部分は聞こえなかったことにしておく。

「はじめましてー。黒崎久維、十四歳。一般ピーポーです」

 二人の笑顔に合わせて俺も明るく笑うと麻衣が言葉を続けた。

「ナルの所にここの依頼を持ってきたのが久維なの。ナルとは昔からの友達なんだって」

「力仕事手伝うのを条件に引き受けてもらったんだ。協力よろしく〜」

 顔の横でピラピラと手を振って俺が答えた。お兄さんはそんな俺を見て首を捻る。

「なぁ、少年。お前、十四っつったよな? お嬢ちゃんもだが、お前ら学校はどうした?」

「えっと……サボリ?」

 お兄さんの問いに麻衣が曖昧に答える。俺も“同じく”と続けた。

「そんなんでいーのか? 勉強は学生の本分だろうが」

「いつ何どきも本分を優先するとは限らないだろ? 出席日数さえ足りてりゃどーでもいーじゃん」

 学校は義務教育期間だから在籍しているのであって、そうでなければ行こうとも思わない。

「あんた、受験生じゃないの? 高校どうすんのよ。行かないつもり?」

 お姉さんが俺の顔を覗き込んで問う。

「特に何も考えてない。手に職持ってるから生活には困らないし、万一進学するってなっても、ウチの学校エスカレーター式だから成績さえ悪くなけりゃ大丈夫」

「あ、そっか。久維って氷帝生だもんね」

「氷帝って言ったら金持ちの集まる、程よく偏差値も良いトコじゃない」

「そんな良いとこ行っといて進学考えてないって……少年が持ってる“職”って何なんだよ……」

 俺がお姉さんの問いに対する答えを出すと、麻衣・お姉さん・お兄さんと言葉を続けた。

「麻衣、キューイ。いつまで油を売るつもりだ?」

 国錬とか錬金術のことを説明するの面倒臭いなー、とか思っていると、ナルちゃんの不機嫌な声が響く。麻衣はその声に身体を硬直させた。
 丁度話が切り上げられるな、と心の中だけでナルちゃんに感謝した。

「ナルちゃんが紹介してくれてたら、世間話には発展しなかったと思う。……で、場所は?」

 これ以上無駄口を叩いていると本気の嫌味攻撃が来そうだったので大人しく指示を仰いだ。

「ベース作りと……とりあえず、二階と一階の廊下に二台ずつ、玄関ホールに一つ。これで様子を見よう」

「了解。じゃ、麻衣、行こうぜ。おにーさん、手空いてたら機材運び手伝って」

 ナルちゃんの指示の下、必要となる機材を頭の中で確認しながら機材の積んである車へと向かう。不意に麻衣が疑問を口にした。

「ねぇ、久維。坊さんは手伝わせて、綾子はなし?」

「女性に力仕事は失礼だろ。おっと、麻衣が女性じゃないって言ってんじゃねーぜ? 君は調査員、おねーさんは非戦闘員。麻衣、この辺一帯のケーブル類頼む」

 目的地に着くと、さっき確認した必要なものから、比較的軽い物を麻衣に任せる。

「あら、あんた、女性の扱いがわかっているみたいね」

 手伝う気がサラサラないくせに、何故か付いて来たお姉さんが満足げに微笑んだ。

「何かそれって不公平じゃない? それでいったら坊さんも“非戦闘員”じゃないの?」

「SPRの調査はモニタリングが基本。その準備には力仕事が絶対。これが出来る者は協力者、出来ない者は邪魔者。よっておにーさんは要戦闘員、おねーさんは非戦闘員。あ、おにーさん、こっちもよろしく」

 機材を運びながらの会話は続く。手さえ動いていればナルちゃんは何も言わない(ただし、何も言わないだけであって、機嫌は悪い)。

「ちょっと……!? 邪魔って……」

 俺の言葉にお姉さんがヒステリック気味に叫び出す。でもお姉さんの言葉を遮るように、お兄さんと麻衣が豪快に笑った。

「成程な。よーっく理解出来たわ。お前さんも結構いい性格してんねー」

「ほんとにー!!」

 ベース中に麻衣とお兄さんの笑い声が響き、ナルちゃんのこめかみに青筋が立ったのは気付かなかったことにしておこう……。


* * * * *


 モニタリングの準備も無事完了し、しばらくベースで過ごしていた時、私物を片付けていた麻衣が戻ってきた。

「ねー、久維! 典子さんにお茶誘われたの。礼美ちゃんのおやつの時間なんだって。久維も一緒にって。行くよね?」

 太陽みたいな笑顔を向けて、麻衣が首を傾ける。バイト中、雇用者の前でよく堂々とお茶する宣言出来るなぁ、とか思いながら、ナルちゃんを見てみると、こちらには見向きもせず書面と睨めっこしていた。本格的に調査が始まるのは夜。まだ時間的にも大丈夫だろうと結論付け、俺は肯定の返事を返した。
 麻衣と二人でお茶の準備をしている典子さんの元へと向かう。

「あら、久維くんも来てくれたのね。ありがとう」

「いーえ、こちらこそ、お招き頂きありがとうございまーす」

 典子さんがトレーにケーキと紅茶を乗せながら笑う。俺はそのトレーを引き受けて答えた。

「礼美、おやつよ。麻衣ちゃんと久維くんも一緒」

「「こんにちはー」」

 自室の床に座り込み、絵本を読んでいた礼美ちゃんに典子さんが声をかける。それに続いて俺と麻衣も挨拶をした。
 礼美ちゃんは突然の来客に驚いているようで、大きな瞳をキョトンとさせてこちらを見る。そしてすぐに傍で寝かせていた人形を手に取り駆け寄ってきた。

「コンニチハ」

 礼美ちゃんは人形の右手を俺たちに差し出す。俺と麻衣は一瞬顔を合わせてから、人形の前に屈みこむ。そして麻衣は人形の右手を取り、俺はその頭を撫でてもう一度挨拶をした。

「礼美、おやつ食べよ?」

 そんな様子を見ていた典子さんがほのぼのとした笑顔で告げる。だが、今まで麻衣がメロメロになる位可愛く笑っていた礼美ちゃんの表情が一気に強張った。俺はその変化に妙に違和感を覚えた。子供らしくなく無理をしているような……。何かがある、俺の勘がそう告げていた。



 その日の夕食の後、ポルターガイストの原因を調べる暗示実験を行なった。あの実験は急激な眠気に誘われるので俺は辞退して、リンちゃんと二人、ベースでモニタリングを続けた。


* * * * *



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