――おかけになった電話番号は、現在使われていないか、電源が入っていないためかかりません。
クソッ。
舌打ちと同時に電源ボタンを押す。最近忙しくて逢えなかったから、声だけでも聞きたかったのに。そういや、締め切りが近いとか言ってたから、まだ原稿に向かってるか、終わって落ちてるかだろう。あいつのことだ。携帯は充電切れで不通。寝たら隣で騒いでも起きないくらいの深い眠りに落ちるから、家電にかけても結果は見えてる。それに……仕事モードに入ったら食欲さえも消え失せ、水しか摂取しないというのもザラだ。
「様子見に行くか」
もちろん講義は休講で。
早く会いたい。声が聞きたい。
逸る気持ちを抑えて、オンボロ愛車を走らせた。
とりあえず一度チャイムを鳴らす。無反応。想定通り。預かっている合い鍵で玄関を開けた直後に絶句。脱衣所のドアに背を預けるようにして眠る咲。風呂上がりに髪を乾かす余裕もなく力尽きたらしい。手には子機。ディスプレイの表示がアリスになっているのがムカつくが、この様子では連絡出来てないんだろう。
「咲。風邪ひくぞ」
肩を揺さぶって声をかけると、ウーン、と唸る声。
「ヒデ……? わぁ、本物?」
寝ぼけた状態で俺の首に腕を巻き付けてくる。嬉しいスキンシップに思わず頬が緩む。アリスが見たらまた“いやらしい笑み”と言われるのだろうか。
「仕事は片付いたのか?」
そのまま抱き上げて寝室へと連れていく。終わったぁ、と甘く間延びする返事。半覚醒状態ももう長くはもつまい。ベッドに寝かせた時にはすでに、規則正しい寝息が響いていた。この寝顔を前に、理性を保っている俺を、誰か褒めてくれ。
「何か食いたいもんあるか?」
眠っているとわかっている相手に問うなんて馬鹿げている。消化のいいものでも作ってやるか、とその場を後にしようとした時、ごにょごにょと咲の声。
「え? 何だって?」
寝言と話すと良くない、と聞いたことがあるがそんなことは知るもんか。俺は、咲と話がしたいんだ。
「ヒデがいい……アリスも欲しい……」
ここでアリスの名前が出てくるのも癪だが……。
「呼んでおいてやるよ。ゆっくり休め」
ただし、食うのは俺たちで、お前ではないけれど。
本当はライバルであるアリスを呼ぶなんて気が進まないが……抜け駆けしている様で気分は良くないし、アイツに貸しを作ることが出来る。
俺が愛されてる自覚はあるし、それと同じくらい咲がアリスを愛していることも知ってる。そんな咲だから、好きになったんだ。アイツ込みでの、この感情だ。どうしようもない。
「なんて。何考えてんだ、俺」
ガシガシを髪をかき混ぜる。携帯で、アリスの名を探しながら……。
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子機の表示がアリスだったのは、五十音順で火村よりアリスのが先だから、という理由があったりなかったり。
アリスの次に連絡取ろうとしてたんだよ?