Lala
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7年前に元希の誕生日プレゼントとしてやってきた。あの頃の元希は今なんかよりも全然ちっちゃくて。いつも私を抱きしめてくれていたね。
「元希ーお腹すいたあー」
「確かによ、流石にすぐ追い出すってのも可哀想だしまあ一晩だけならなんとかしてやるっつった。けど‥」
「けど?」
「てんめっ!図々しいんだよっ!!」
「ひいっ!」
どうやら元希は私が猫だったときよりちょっぴり怒りの沸点が下がってしまったようです。
こんな風に怒られたのは初めてで、本当ならちょっとは落ち込むところかもしれないけれど、こういう些細なやり取りが出来ることが嬉しくてたまらない。もし私が普通の人間の女の子で、元希の彼女だったらこういう日常をおくれたのだろうか。
換気のためにと先程少しだけ開けた窓の隙間からは夏の虫たちの合唱が鳴り響く。夏の夜はきっと物思いに耽らせるのが得意だ。
「食いもんなんてねーけど‥あ、お前アイス食うか?」
「アイスってあの冷たい食べ物?」
「はあ?お前アイス知らねーのかよ」
「アイス食べたいっ!」
「まあ、あとでコンビニ行くから買ってきてやるよ」
「本当っ?!」
「ついでにだからな」
「元希だいすきっ!」
ガバッ!勢いよく胸元へとダイブ。ベッドにもたれ掛かるようにして座っていた彼は、突然の私の行動に体制を崩して仰向けに。私はそんな彼に覆い被さる。
昔から使っている愛用のベッドはこっそり、ギシっと悲鳴をあげた。
「あれ?いつも抱きつくと頭撫でてくれるのに‥」
「はあああ?!」
あ、そうだ。
今私は猫じゃなくて人間なんだった。
「なあ、お前本当に誰なんだ?」
益々不審がる元希に、上手い言い訳はないものかと思考を凝らす。けれど考えれば考えるほど虫の音が耳に入り、頭の回転は鈍るばかりだった。
夏の夜は好き。だけど夏の虫は私に助け舟を出してはくれない。
「言ったら信じてくれる?」
一応打ち明けてみるのもありかもしれない。そう思って聞いてみれば「内容にもよる」と、まあ至極当たり前な返答をされた。
さあどうする私。
それから私は一つ一つ、丁寧に言葉を選びながらもゆっくりと事実を伝えた。
私が元希のペットの●チビ●であること。元希を追って外に出たら車に跳ねられたらこと。気がついたら人間の姿になってここにいたこと。全てを淡々と話す私に合わせて頷く元希。あれ?案外すんなり信じて貰えた?と思うのもつかの間で、私が全ての経緯を話し終えたその時だった。
「ぶはははっ!お前が?●チビ●?ふはははっ!」
「‥‥」
信じて貰えたと思って一度喜んでしまった分、その落胆といったら‥。お腹を抱えてあんまりにも可笑しそうに笑うもんだから、流石の私も少しムッとなって、開いていた窓を勢い良く締めた。そして扇風機についたボタンを押して左右に動かないようにし、ついでにずっと私のところにだけ風が当たるようにと変えてやった。
どうだ!と言わんばかりのドヤ顔に元希は眉間に皺を寄せる。
「おい何しやがんだっ!」
「だって笑いすぎだもん!」
「仕方ねーだろっ!そもそもアイツは多分今頃リビングに‥」
ドタドタと階段を駆け上がる足音。そして次に聞こえてきた声は女性のもので、おそらく元希のお母さん。
「元希!大変っ!元希!」
ノックもなしに元希の母は部屋へと入り込む。普段は絶対にそんなことをしないのに。それだけ焦っているのだろうか。上擦った声に、思わずこっちにまで緊張が走る。
「あんた、●チビ●の姿見なかった?」
「いや、俺の部屋には‥」
「●チビ●がどこにもいないのっ!!」
その時の元希の顔はまるで
この世の終わりとでもいうみたいで
締めたはずの窓から、さっきの夏の虫の声が聞こえた。それはさっきと比べものにならないほどに騒がしくて。胸を焦がす。