Lala

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夏の夜は静かで、
時に激しい。


「向かいの家に住む溝川さんが、道路で死んでる猫を見つけて供養してくれたって。真っ白な猫、多分●チビ●で間違いないわ。」


辛辣すぎる言葉たちに、脳は理解を拒む。7年前の誕生日に家にきて、それからというものずっと一緒に生活してきた、言わばあいつはもう家族な訳だ。その●チビ●の突然すぎる死。あまりの衝撃に、鈍器で殴られたかのような痛みがゆっくりと走る。
走馬灯のように蘇る思い出。例えその断片を手に取ったって、どんなに嘆き悲しんだって、あいつはもう戻ってこない。それを理解したところで後ろから思い切り手を引かれるように一気に現実へと意識が連れ戻される。


ぼんやりとした視界に映ったのは、わんわんと子供のように泣きわめくおふくろの姿だった。
それだけじゃない。
普段男と別れたって平気な顔して笑う姉ちゃんも泣いた。
おやじは涙こそ流さなかったけど、酷く落ち込み毎日食後に飲んでた1缶のビールに全く口をつけなかった。


俺はといえば、
ただ、ただ‥‥


「●チビ●、」




その名前を口にしてみれば、記憶の奥底に眠っていたモノクロの思い出は鮮やかに色づき出す。思えばこいつとの思い出は多すぎた。小さい頃はよく遊んだし、何かあればすぐに●チビ●に話していた。
あの時だってそうだ。中学でオーバーユースされたとき。部活を辞めたとき。人生で最高に腐っていた時期の俺に唯一近寄ってきたのは●チビ●だけだった。


それなのに俺は、そんなあいつの最後も看取ることが出来なかった。それだけじゃない。小さい頃はあんなに●チビ●と遊んで、話しかけて、可愛がっていた。だけど最近の俺は家に帰っても●チビ●と話すこともなく。
前より確実に、俺は●チビ●のことを大事にしなくなっていた。
昨日だって、にゃー、とすり寄るように近付くあいつに対して、部活で疲れていた俺は特に何をいうでもなく布団に潜り眠ったんだ。


一度も家から出たことのないアイツが外へ飛び出た理由、それは絶対に俺にある。


「くそっ‥!」
「元希?!」


気付けば地面を蹴っていた。軋む床を背に走り出す。後ろから聞こえた俺の名を呼ぶその声に気付かぬフリをして。


重りをぶらさげた心と反して、足取りは思いのほか軽い。勢いに任せてマンションのエレベーターに飛び乗り、1階へと降りり立つ。そのまま再び当てもなく外を走り抜けた。漆黒の暗闇に満天の星空。自らを照らす街灯と地面に浮かび上がる影。そのコントラストの世界の中で俺は無我夢中で叫び続けた。
後ろから俺を必至に後を追う、あの少女のことなんか目にも留めずに。


「●チビ●!」


夏のぬるい風を正面に受け、走る、走る


「どこにいんだ!帰ってこい!●チビ●!!」

「飯の時間だぞ!」

「おい●チビ●!!」


だけど、どんなに呼んでも返事はなかった。
夏の闇に足を掬われ、立ち止まる。不安、焦燥、そんな負の感情ばかりは膨れ上がるばかり。


「なあ、どこ行ったんだよ‥」

「帰ってこいよ‥」


消えそうになる、自身の情けない声をかき消すように、包み隠すように、彼女は後ろから俺をそっと抱きしめた。腹に回ったか細い腕がこの蒸し暑い中いやに冷たくて、まるでこの世の者ではないような雰囲気を生み出す。
「うん」と、彼女は後ろから呟いた。何に対してそう言ったのかは全くわからないし、正直今はどうでもいい。冷たい腕、だけど背中から伝わる彼女の温もり。


夏の夜は湿っぽくて暑い。だけどその温もりだけは何故か不快に思えなかった。

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