Lala

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わたしはただ
見たかっただけなの
彼が自分の壁を乗り越え
大好きな野球をしているところを――――



榛名元希。彼が10才の誕生日に、プレゼントとして榛名家にやってきた。当時まだ小学生で幼かったころの元希が気まぐれに欲しいとねだった猫。それがわたし。


それからわたしと元希はずっと一緒だった。元希は小さい頃から野球が大好きで、いつも野球の話をわたしに聞かせてくれた。友達の秋丸君もよく可愛がってくれたし、本当に幸せだった。


だけど、それと同じくらい辛かった。元希が中学生のとき、怪我で試合に出られなくてシニアに行ったときだってわたしはずっと元希の隣にいたのに。なのに、わたしはなにも言えない。何を言っても、わたしの言葉は「にゃー」と、ただそれだけで。


元希がどんどん大きくなって、彼は次第にわたしに話しかけなくなって。寂しくて寂しくて、だけどわたしを撫でてくれるその手が大好きで。


そんな大好きな元希が野球をやっているところをどうしてもこの目で見てみたかった。1度だけでいい。たった1度、見られるのならこれ以上元希には何も求めないから。ちゃんと、自分は猫で、元希は人間で、その壁は越えられないんだって諦めるから。だから―――



はじめて外に出た。
ドアの隙間をくぐりぬけ、こっそりマンションを抜け出す。わたしの知らないとても広い世界。窓から見ていた青い空は、外から見るよりずっと鮮やかだ。


だけどそんなことに関心している暇はない。元希の後を追わなくちゃ!
それなのに彼は自転車に跨いで、漕ぎ出す。ちょっと待って!自転車じゃわたし追いつけないよ!ねえ元希、


「にゃー」


ねえ、待ってってば!


「にゃー」


ねえ、元希!
待っ‥‥




キィイイッ―――


突然現れた車。
鼓膜が破れるほど大きく響くクラクション。
ドン、と鈍い音が鳴る。



気付くと宙を舞っていた。
全身を走り回る痛み。


ああ、わたし死ぬんだ。
こんなことになるなら、家を抜け出したりなんかしなきゃ良かった。だって、結局何も言えなかったよ。
何も伝えられなかったよ。
ふわりふわりと遠のく思考回路。目の前に広がる色は、透き通るような青色。それを最後に意識はプツンと途絶えたのだった。








「お、お前誰だっ!!」


次に目を覚ましたとき、何故か目の前には元希がいた。辺りを見回せばここは見慣れた彼の部屋。


鏡に映るのは、人間の姿をした、私。

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