◇小説
□僕は何も変わっていない
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「キンタロー様は本当にルーザー様に生き写しですねぇ」
「そうか」
「…一度私の研究を御覧になりませんか?興味深い数値を記録した被検体がいるんですよ」
「団員には手を出すなと言っただろう」
「それより高松、このファイルを見てくれ」
「はい。キンタロー様♪」
高松。
キンタロー様。
高松が本部に戻ってきてから初めてのティータイム。三人で今までの距離を埋めようと集まったのに、キンタローと高松ばかりが言葉を交わし、所在ないグンマは「お手洗いに」と言い残し席をたった。おもしろくない、という気持ちもあるが、物淋しい気持ちが表面化する前に逃げ出してしまいたかったからだ。
ラウンジから離れぽつりぽつりと移動していると、黒髪をなびかせたジャンとばったり出会い、たまにはジャンさんも息抜きしたら、とラウンジを指した。彼は仕事が一段落したら行くと言い、足早に去っていく。その背中は同じ顔をした黒髪の男を思い出させる。
何故だかどっと疲れが出たグンマは研究棟の開発課へと赴き、見慣れた給湯室の冷蔵庫からミルクを取出し温める。
室内では電子音とグンマのため息だけが空気を震わせていた。
「キンちゃんは、もう一人前の科学者かぁ…」
戦闘服を着る回数は、壊滅させた組織に反比例して日に日に減っていき、今は白衣に取りつかれた男のように科学者の道を歩んでいる。
「高松は、負い目なんて感じなくなったんだろうな」
三年ぶりの彼の横顔からは苦悩の影はすっかり息を潜めていた。
「ジャンさん、研究忙しそうだし」
ひとつのことに没頭するその瞳は無邪気で、幼い頃によく似たものを見たことがある。
ふと、自分の四年間を振り返る。
マジック総帥の息子だと知れたことにより頭の回る重役はガンマ団の転覆を謀ったが、新総帥の的確な指示により、燻っているうちに叩くことが出来た。グンマにとっては彼の俊敏な働きも去ることながら、散々馬鹿だ馬鹿だと陰口をたたいていた相手に、よくもそれだけの可能性を見いだすものだと感心せざるを得なかった。
カクン、と急に体の力が抜け、糸の切れた人形のように尻餅をつく。
三人の経過を考えただけで、酸っぱいものが喉にこみあげてくる。
自分は、どうなのだろうか?
たかが重役程度の企みにも役不足だった自分は。
嘔吐感が彼を襲う。
「うっ…!」
慌てて口を塞ぎ洗面台へ身を乗り出そうとするが、掴んだものが食器だったためにそれごと床に転る。
鋭い破片となり、散らばる陶器。
彼はそのひとつを無造作に引っ掴むと、己の左手に突き刺した。
「っ…あぁ…!」
吐き気が引いていく。
それを勢い良く抜くと、腕のなかから白く肉らしくないものが覗く。それは陶器と同じ色。
不快に思い、刺しては抜く行為を繰り返す。
繰り返す。
痛みはほとんど感じない。あるのは解放感だけで。
きっと自分は自分のために、とても正しいこてをしているのだと思い、笑みがこぼれる。
やがて完全に白が姿を現したとき、彼の左腕としての機能はすでに壊されていた。
カツン、と背後で響く音。
「ご気分はいかがですか?」
低く、哀しげな声だということ以外は、今の彼にはわからない。
「すごく…いい」
真っ赤に染まった陶器が右手から転がり落ちる。
「僕も、皆みたいに、今、変わるよ」
地面にぺたりと座っていたグンマの体がくたりと倒れ、駆け寄った高松がそれを支えた。
出血多量。
茫然自失。
赤い赤い血が彼の白衣を斑模様に染め上げているのに、それに包まれた愛しい子供は蒼白で、高松は眉をしかめる。
「こんなに、白い」
ぽつりと口にすると、ろくに動かぬ頬を使い笑う。
ええ、そうですね、と高松は頷き、金色の髪に優しくキスをした。
「ねぇ」
「はい」
「僕は、きちんと変われるのかな」
「ええ」
「そう」と頷き、グンマは微睡みの中へおちていく。
高松は彼の髪を撫でながら、再びキスをおとす。
「お休みなさい」
ーそれでも僕は、ただ流されただけで、決断なんて何一つしてはいないんだ。