◇小説

□この道に在る
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工具を与えられたのはいくつの時だったか。
高松の研究所から拝借するのではなく、片時も離れず常に側にあり、誰の使用許可もいらない、自分専用の工具たち。それを胸に抱いた瞬間はとても嬉しくて、お礼も忘れてそれらを床に広げ、両手に握って光の反射具合まで熱心に眺めた。
十分もすると手に取るだけでは飽きたらず、時計やらラジオやら従兄弟から取り返したばかりの玩具やらを勝手に解体してまた元通りにして。

気付けば、それがグンマの道となっていた。


久方ぶりにオモチャ箱を引っくり返して童心にかえり、グンマはうっとりと表情を緩ませる。
白い頬が心なしか熱い。唇が湿り、柔らかに弧を描いた。

「僕も年をとるわけだ」

工具をさらりと撫でて、ほぅ、と息を漏らす。気だるさが、この冴えた頭を甘く支配する。


緩やかな拘束。

陶酔めいたひととき。

日光の香りがして。
カーテンの広がりは、新しい風を運ぶ。

春、というもので、満たされる彼の童心。


工具は小さかった。今でさえ華奢と言われるグンマの指はそれをすっぽりと包んで、隠してしまう。
工具は錆付いていた。がりがりと爪で削っても工具を傷付けるだけで、あの頃のような輝きは現れない。窓から入り込む光にかざしても、きらりともしない。

工具は影を纏い、ひんやりと冷めた嘲笑をあげた。

…笑ったのは、グンマかもしれない。

やがて使えない工具いじりにも飽き、オモチャ箱にそれらを戻した。
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