◇小説

□大好き
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向き合う二人はそれでもすれ違って。
素直になれずに相手のために、少しだけ道を間違える。



人工の明かりを全て消し去って、人の夜目を支えるものは儚く清い月明り。
紫色に照らされた絹のシーツに、金色の髪が広がる。
首を反らして吐息を漏らし、わざとらしくも伸びをすれば、露になった白い首筋が客人を誘う。

「それで、何の用かな?」

目を細めてにっこりと笑いかければ、高松もにやりと答える。

「誘っておきながら、それはないでしょう?」
「誘うって何のこと?」
「お可愛らしい、グンマ様」

あくまでも純粋無垢な青年を演じる想い人に対して、高松は喉の奥からくつくつと笑う。

「このような状況では、何を仰っても私を止めるには手遅れですよ」

月明りが捉える、高松の黒髪。
軋むベッドに追い討ちをかけるように、高松は組み敷いた人物へ唇を寄せる。
それはグンマの薄桃色の唇を通り過ぎ、金髪に埋もれた耳で止まる。

「あなたが私の手を引いて、ベッドに横になられたのに」

ふ、と息を吹きかけて顔を引く。
上から見下ろす想い人は、橙色の満月を瞳に映して、頬を僅かに朱に染める。
高松は滲み出る笑みを加虐的な色に染めて、乱暴にグンマのシャツのボタンを外していく。

血に飢えた狼か吸血鬼のように。
橙色の満月が彼の本性を暴いていく。

「……ん、高松」

前を肌蹴てベルトを引き抜いたところで、尻に敷いたグンマが呼びかけた。

「高松は脱がないの?」
「私はグンマ様の後で構いません」
「それは駄目だよ。恥ずかしいから高松も一緒に脱いでよ」
「幼少の頃から、あなたは私にその体を余すことなく曝け出していたのですよ。今更、恥ずかしさなど覚えないでください」
「でも……でも、高ま、つ」

言葉は最後まで続かない。
彼が強引に下着ごとズボンを下ろしたからだ。

「長い隠居生活のせいで、私、溜まっているんですよ」

吐き捨てるように言い、その顔を下肢に埋める。
ぺろ、という音に、グンマの体がびくりと動く。

「でも、恥ずかしいよ。高松。カーテンくらい閉めようよ」
「何を言っているのです? 電気を消して月明りまで遮ったら、一体何を頼りにグンマ様の悶えるお顔を拝見すればよろしいのです?」
「高松の意地悪」

言葉の裏に了解を感じ取り、高松は再度顔を埋める。
今度は舌ではなく、一気に口内に。

「あ……高松……」

顔を真っ赤にしたグンマの抗議の言葉は、口を開けた拍子に、ただの吐息に変わる。
伸ばした腕も高く宙を掻き、シーツを掴む。
グンマの抵抗が全て高松の行為への反応に変わると、彼はひたすら声にならぬ声を聞き、唇を、舌を、巧みに操る。

「ずっとお会いしたかった」

顔を上げて唐突に紡がれた言葉をグンマは瞬時には理解できなかった。
もう少しで、というところで止められた快楽は、彼の思考をほんの少し止めた。

「あなたとキンタロー様に邪険にされ、追い出されて、存在を消されたように扱われた日々。とても、あなた達にお会いしたかった」

ふと気付くと高松はグンマの横に腰掛けていて、先走りでぬめりと光るそれを掴んでいた。
急速に冷えた頭は高松の真意を読み取り、太く筋肉質な彼の腕を掴む。

「放して」
「よくして差し上げますよ?」
「いいから放してよ!」

高松は口元を曲げ、握る指にぎゅっと力を込める。
面白い位にグンマは反応して、苦しげに歯を食いしばり高松を睨みつけた。

月が曇っていた。
狼の姿は闇に隠れる。

「後はご自分でどうぞ」

椅子にかけてあったグンマのお気に入りのネクタイで指を拭くと主人の元へ投げ捨てて、高松は腰を上げる。
そのまま振り返ることもなく、寝室の扉を閉める。
遠くからの自室の扉の開閉音を耳にして、ようやくグンマはふっと息を吐く。

それは決して安堵の溜息ではなくて。
怒りを抑えたそれでもなくて。
はらりと伝う涙は、シーツに吸われて消えた。
微かに月明りを取り戻した室内は、徐々に熱を失い、主が独り。
ぽつりと漏らす。

「お帰りって……言いたかっただけなのに」

本当はごめんなさいよりも、ありがとうよりも、純粋にお帰りって言いたかっただけなのに。
素直になれなくて、背伸びして、言葉よりも先に彼の望むものをあげようとした。
ねえ、高松。
本当はね、君にお帰りって言いたかったんだよ。
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