◇小説

□ひとしおの幸せ
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幸せとは何であろうか。

周囲から愛されること。
穏やかな庇護の中にいること。
笑顔を綻ばすこと。

定義は難しい。
だから私はいつも幸せについて考えている。





キンタロー様から相談を受けたのは、季節が冬へ変わろうとしているある日のこと。
例年よりは遅い寒気の到来だが、それでも本部から見える景色は着々と色を落とし、物悲しさを感じさせる。

「それで、ご相談とは?」

壁に背を預けコーヒー片手に切り出せば、来客用の椅子に腰かけたキンタロー様は固く口を閉じてしまった。

私と彼しかいない、私の研究室。
話しにくい内容なのだろうか。

「何でも仰っていただいて構いませんよ。この高松、キンタロー様の親代わり……は言い過ぎだとしても、相談係みたいなものですからね」

貴方を愛する者の一人です。
そう付け加えると、腹を決めたのかコーヒーを口に含んだ。

「他言無用で頼む」
「ええ、もちろんです」
「実はな……寝付けないんだ」
「寝付けない?」

その程度のことで、逡巡していたのではないだろう。
先を促すように、私は彼を見つめた。

「今はガンマ団や家族との生活にも慣れてきて、不都合はない。それなのに、ここ最近、ベッドに入っても眠れずに朝を迎えてしまうんだ」
「一睡もできないのですか?」
「いや……少しは眠っていると思う」
「何時間ほどだか分かりますか?」
「一、二時間くらい……だな」
「それでは、流石に次の日は眠れるのでは?」
「それが……」

はあ、と大きなため息が漏れる。

「就業中に居眠りをしているらしい。シンタローから心配されてしまった」

なるほど。
キンタロー様にとって重大な問題は、眠れないという根本的な問題ではなく、あのシンタローに気を使われてしまったということのようだ。

「何か、睡眠を妨げる原因となる出来事があったのではないでしょうか。例えば、誰かと言い争いをして悩んでいるとか、仕事に息づまっていて不安だとか」

その言葉に、キンタロー様は思いつく節があると言わんばかりに眉を寄せて視線を逸らし。

「眠くはなるんだ。しかし、寝付けない……」

再度、零れるような空気の塊を口から吐き出して、頭を抱えてしまった。
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