◇小説

□あなたは人魚
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太い幹からいくつもの枝が天へ伸び、所狭しとおおい茂った深緑の葉が重なり合う。それはまるで太古の自然のような、懐かしい輝きがあって。
あの島を、思い出す。

―ねぇキンちゃん、僕ね―

グンマがこちらに手を伸ばしている。
枝分かれしたいくつもの茶色の支流に抱かれ、優しくほほ笑みながら彼を求める。

伏し目がちの瞳からは光が失われ、
薄く微笑む唇は青白く、
顔は血色を失い白く、
腕は求める。

キンタローは全身の力を失い、がくりと膝をつく。
ぱくぱくと口を動かし、ひたすらに空気を震わせる。

グンマ、グンマ、グンマ、グンマ、グンマ、グンマ…。

はらりと頬が濡れ、両目からぽろぽろと涙が零れた。

懐かしい自然は、美しいグンマは、壁一面に広がったガラスーケースの中で、さざ波一つない液体に沈められていた。

「美しいでしょう?」

カツン、と音がしてキンタローの背後から恍惚としたため息がもれる。

「エデンの園」

靴音を響かせてゆっくりとガラスケースに近付き、触れるだけで崩れるのを恐れるように、そっとそっと指を這わす。

「誰よりも気高く、何よりも美しく、そして純粋な。
あなた様だけの楽園」

くらり、と傾く。
眩暈を覚えた。

触れざるものが目前で霧のように霞み、自分の気管支を通り肺を侵していくような、異物感。
不快でしかない。

高松はすでにグンマの存在しか見ておらず、うわごとのように彼の名と賛美を繰り返す。

その中で、

「ね、ですからあなたに私たちを引き離す権利はありますか?ないですよ。あるわけないでしょう。ええありませんよ。あなたに何ができます?できませんよね何も当たり前でしょうそんなことあなたは何の権利もなくただ意味のない義務だけへこへこと背負わされてそのまま一生何者かもわからないままでも私たちはグンマ様は二人でふたりきりでいつまでもずっと、ずっと、ずっとねぇこのまま―…」

俺は一体…。

ふらりと立ち上がると覚束ない足取りで歩きだし、不気味そのままを培養させたガラスケースに手をつきながら、その場を離れる。
頭の中は真っ白になり、生気のない真っ青な顔からはぽたぽたと雫が流れ。
ただ出口へと足が向かう。

ガラスケースの景色が後ろへ消え去った頃、

「私たちの愛は永遠ですよ」

そんな言葉が耳に届いた。

その出口が見えたとき、自分は何かから逃げている気がした。

頑丈なドアを開ける時、

「僕ね、キンちゃんのこと大好きになっちゃった」

ひどく愛しい声が聞こえたが、そのドアが閉まり廊下にぽつんと立った瞬間には、もう何もかも忘れていた。

普段と変わりのない白い通路が、ずらりと、並んでいる…。

どうやら、自分は研究棟で迷ってしまったらしいと気付き、とりあえず歩きだした。
もっと高性能な飛空挺を造るべく、昨日のうちに完成させた図面を提出しに行かなければならない。ただでさえ開発課は人出が少なく、自分以外に頼れる者がいないのだから。

違和感から白衣の右ポケットを探ると、小さなキャラメルが手のひらに納まっていた。
それを廊下に備え付けてあるごみ箱に放りこむと、さわやかな笑みが零れていた。


END
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