◇小説

□この道に在る
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色とりどりの色鉛筆で丁寧に書きなぐられた、ひらがなとカタカナ。幼い子供にしては随分と慎重に描かれたのであろう絵が、ページ一杯に広がっていた。
それはまさしくグンマ自身が書きためた言葉であり、当時の彼が推敲を重ねて仕上げた一冊の詩集だ。

「何歳の時のだろう?」

裏表紙を見た。
そこにはっきりとした文字で『将来は詩人になられるグンマ様・六歳』と記されていた。

「高松の字だ…」

口元を左手で覆い、眉を寄せる。
これは、思い出せる。記憶の中にある。
確か…。


幼いグンマが、一冊の詩集を完成させた記念に、高松にねだって、書いてもらった大人の字。

しかし、幼いグンマの将来の夢は父のような科学者になることで…。


映像を止めた。
記憶の中の高松は、グンマに優しく微笑んで、文字を書き込んでいる。
そこに潜む、違和感。

「僕、詩人にもなりたかったんだよなぁ…」

ぺらぺらとページをめくり、乱雑な文字に目を通す。日記のような内容かと軽い気持ちで読んでいたがそうではなく、子供ならではの無邪気な視線と無知の疑問が、年を経てグンマに語りかけている。
あまりに真摯な言葉に、目眩を覚えた。

「こんなに才能があったのに、僕は科学者になったんだ。この道にいることは、僕自身が選んだ未来の始まりなんだね…」

ちらりとオモチャ箱を見て

「あの工具を貰った時、やっぱり僕はこの道を選ぶべきなんだって思って、とても興奮したっけ」


それは、いくつの時だったか。
自分だけの工具を手に入れるまでは、毎日が疎ましかった。高松の都合で一日をガンマ団で過ごす日は苦痛だった。きちっとした制服を着用した団員から監視され、研究室からこっそりと拝借した工具は白衣の研究員に取り上げられ、代わりに紙とペンを与えられた。

「僕は天才グンマ博士なんだぞ。あの頃はみんなして、危ないからって取り上げて……」

危ないから。

幼児が工具に触れるということは、危険以外の何物でもない。
それこそ高松が許可を下し彼自身が付きっきりでグンマを見張る以外に、工具に触れる機会などなかった。
高松が与えない限り、詩を綴るような内向的な子供が工具に興味をもつ機会はない。



…それは、いくつの時だった?
科学者は、いくつの時からの夢だった?

「…科学者は、本当に、僕が選んだ道だよね?」

見開いて乾いた両眼でオモチャ箱を見つめた。覚えもない思い出たちの重量で潰れる工具たちは、秘石眼であっても認識することはできない。それ程に、他の玩具がのし掛かって存在を隠そうとしている。



工具を渡されたのは、記憶に残る程度には成長した時分だ。その頃には既に、高松から偏った知識を与えられていた。



「…僕が科学者に憧れたのは、高松が亡き父の話をしてくれて…」

僕の手つきが父そっくりだと言って、高松だけが工具いじりを喜んでくれたから。

でも、父は、本当の父ではなくて。

高松はそれを知っていた。


強く詩集を抱き締めたグンマの記憶一杯に、あの時の高松の笑顔が広がる。瞳を輝かせるグンマから詩集を受け取り、さらさらっと要求された文字を書き込むと、グンマに返した。
調子を合わせるような、乾いた微笑みを浮かべて。




『まぁ、グンマ様の道は決めてあるんですけどね』

確か、彼はそう呟いた。


<END>
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