◇小説

□狭間に
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「何をしているんだい?」

穏やかなその声に意識が乱され、右手は宙を掻く。その際に別の紙がゆらりと接近して指を切りさいていく。

「どうしたんだい、高松」
「いえ、何でもありません」

冷静を装い答えると、人差し指を口にくわえる。

「散らかしたなら、きちんと片付けるんだよ。でも紙は鋭利な刃物だから気をつけて」

はい、と高松は答える。
血はまだ流れているが、行儀が悪いので口から出した。

改めて声の主を見やると、彼は先程まで高松が腰掛けていた椅子に座り、万年筆をくるくると弄んでいる。

「…あの」
「何かな?」

主は振り返らない。
その視線の先には開け放たれた窓があり、春の香りを運んでいる。
高松はさらさらと揺れるカーテンと主の金髪をじっと見つめていた。

「あの」
「高松」

言葉を切られたのと同時に、大きなうねりが視界に広がった。
直後に駆け抜ける風が二人の髪を後方へ流して、あとには柔らかい香りだけを残していく。

桜の、甘い誘い。
彼を誘惑する。

「る…」
「高松」

またしても遮られる言葉に、じれったさを感じずにはいられない。
高松は言葉を待った。
それを聞いたら今度は自分が口にする番だと強く心に決め、視線を主へ向けた。

その意志を邪魔するかのように、ひらり、と一枚の紙が視界へ舞い込む。
先程のそよ風でまた宙に浮き上がっていたのだろう。その一枚がやけにゆっくりと舞い落ちる。

「高松」
「…はい」
「君の仕事をサボるな」
「…」
「返事は?」
「はい…」

ひらり、ひらり、と紙の桜が散った。
甘い香りが高松の鼻孔をくすぐる。煙草の臭いよりも、余程気が落ち着く。

「はい…」

もう一度頷いた。
息が熱かった。熱があるのかもしれない。
直後にどくんと血が騒ぎ、あまり意識していなかった指の切り傷がじんじんと痛み出し、ぽたり、と血が垂れる。
高松はぺろりとそれを舐めた。
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