◇小説
□不思議の国の
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殺される。
瞬時に、その言葉と共に恐怖を噛み殺して、状況を理解する。
悪寒を感じた直後、背後を確認する暇もなく僕の視界は塞がれた。
窮屈で硬い感触から、帽子のような筒状の何かが頭からすっぽり被せられたのだろう。
しかし、取り除こうにも、動くことができない。
後ろから首を捉えられていることが、まさしくネックとなっているのだ。
少しでも抵抗を見せれば、硬くて細い指が首の骨を砕く音を響かせるかもしれない。
「誰だっ!」
打開策を求めて、僕は問う。
返ってきたのは、先程の嘲笑とは異なり調節された柔らかい声音。
「おやおや、驚かせてしまいましたか。そんなに怖がらなくとも、取って食いやしませんよ」
低い声の男はそう言うと、首から手を離した。
「あなたが急に振り向くので、これしか手がなかったんです。……ちょっと待っててください。振り向いてはいけませんよ」
僅かに声のトーンを落とし低く念を押すと、硬い目隠しを取り去った。
やはり帽子だった。黒いシルクハットだ。
「改めまして、ようこそ」
さらりと歓迎の言葉を口にして、男は僕の前に立つ。
驚いたことに彼は、
「高松!?」
シルクハットを目深に被ってはいるが、その長い黒髪も自信げに引かれた唇も、年齢の割には弛んでいない体も、高松そのものだった。
普段と異なる点と言えば、帽子に合わせてベストなどの控えめな衣装を纏っていることだ。
「これってもしかして……」
僕は言葉を失う。
年齢に不相応な発想だが、僕や高松の姿を見ればしっくりとくる。
「アリスぅ!?」
「アリス! アリスと仰るのですか」
嬉々として高松は尋ねる。
確かに恰好から見れば、僕がアリスで高松は帽子屋だ。
しかし、その名を意味もなく連呼する高松が不気味に見えて、訂正する。
「僕はアリスだけどグンマだよ」
「グンマ様! お可愛らしいお名前です。さあ、永遠なる服従のキスを」
彼は跪いて僕の腕から白い手袋を丁寧に外し、当たり前のように懐にしまい込むと、唇を手の甲に押し当てる。
手袋を返す気なんてないんだろうなぁ、と思いつつ、見て見ぬ振りをした。