◇小説

□不思議の国の
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「ここって寂れた場所だね」

対岸の優美な景色と足元の茶色の大地を見比べて、ぽそりと述べる。
今更逃げ去った地を確認する気にはならないけど、背後にも茶色の大地が続いているのだろう。
更に、ここで冷静に観察して気付いたのだけど、対岸の花畑は想像以上に離れた位置にある。
その距離は二箇所の雰囲気の距離を表すようにひたすら遠い。
川の流れは穏やかで緑色に透き通っているが、とても泳げる距離ではない。
それなのに至近距離にあるように感じてしまう理由は、

「巨大だよね。花弁も露も。全てが巨大だから細部までくっきり見渡せて、近くにあるように錯覚したんだ」

言いながら、僕は大きな溜息を零して、ぷうと膨れる。

「お花見がしたかったなぁ」
「しましょうか?」

長いキスからふいに顔を上げて、高松がさらりと言う。

「え!? できるの?」
「海辺の馬鹿ップルが如く二人にしか見えない花を咲かせることができますが……グンマ様は対岸での花見がしたいのでしょう?」
「うん、そうだよ。てか、さらっと馬鹿なこと言ったよね」
「本音ですが」
「やだなぁ。帽子屋ったら、年取って頭のネジが外れちゃったよ☆」
「うう……そんなあなたが愛おしい」

彼は帽子の影から鼻血と涙を流して、僕の手を頬に引き寄せる。
うわぁ汚い。
小気味良い音を立てて振り払うと、にっこり笑って彼を上から覗き込む。

「向こう岸まで連れてって、帽子屋さん」
「分かりましたグンマ様! あなたが望むなら地獄の果てまでお連れします!」
「やだなあ。地獄は一人で行ってきてよ。お迎えが近いことだし」

からからと笑いながら遠くの花畑を見上げる。
眩しいほどではないけれど、水面のように切なげにきらきらと輝いている。
僕はそれに見惚れながら、期待に高鳴る胸を撫でる。
それは、何かの予兆のように、小さな不安を隠して。

「さあ、どうぞ」

彼が運んできた小船に乗って、岸から離れる。

「楽しみだね」
「ええ」

川を覗き込む僕をちらりと見やり、高松は、

「地獄へようこそ」

再度、洒落の効きすぎた台詞を呟いて、嘲笑した。
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