◇小説

□静かな夜、聖なる夜に、あなたに
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「それでは、ここを…」
「…はいっ。ありがとうございます」


十字路に差し掛かった所で、声が聞こえた。
左に曲がった先にいるようでここからは姿が見えないけど、その声は僕の足をぴたりと止めた。


「しかし、それでは…」
「構いません。多少骨が折れるでしょうが…」


男性二人の声は、廊下でぼそぼそと打ち合わせをしている。
断片的にしか聞き取れないが、案件について熱心に質疑応答しているみたい。


「そういえば今夜は…」
「今夜も、です。独りきりですよ」


そう告げて、質問を受けていた男性は「では」と締めくくる。
直後に、ゆっくりと扉の閉まる音と男性にしては速度の速い高い靴音が向こうへと遠ざかっていくのが聞こえる。
一人は室内へ、もう一人はその先の居住区へ向かったみたいだ。


「……」


もう二人はいないのに、音を立てないようにそっと歩いて十字路に出た。
左側の廊下、いくつも小さな扉が並ぶこの道に二人はいた。


「一人は若くて細い声。質問を受けていた方は……」
「グンマ博士!」


佇んで先程の声を何度も思い返す僕に、背後から声がかけられた。
誰だろと考えて振り返っても特に見覚えのない代わり映えしない顔で、胸元に付けられたIDカードを見て漸く思い出した。
視察に来た僕に対応した担当者だ。


「研究室の方から博士の視察が終わったと聞いて探しに来ました」


探しに来ただなんて、まるで迷子の子供を相手にした言い方だ。
この人は絶対僕をお馬鹿な子供扱いしてる。
ぶう。


「支部といえど、さすがは技術力のある国ですね。導入したばかりの最新の設備はメンテナンスが行き届いていて技士の質を感じられますし、それを操作する研究員も締まりがあっていい」
「ええ…色々な筋から引き抜いてきた逸材ですので」
「ただ、それを統べる各部門の責任者には統率力が足りないように見えました」
「は…?」


技術ではなく人物への評価に担当者は面食らったみたい。
自分より遥かに年下なのに幹部でしかも一族である僕に対して無難に接していた担当者は、「いきなり何を」と言わんばかりに硬直している。
もしかして、僕の辛辣で饒舌な話に意表を突かれたのかもしれない。


「優秀な人材でも上に立つ人が管理しないと個々がばらばらに動き出して組織としての動きがとれなくなります。それはあなたの言う逸材であるば尚更」


ぱさり、と書類を胸に突き出して言う。


「みんな、僕にアピールしてきましたよ。自分は任された仕事以上の成果を出して発展させているって」


担当者は徐々に青くなる顔を隠そうともせずに沈黙したまま書類をぎこちなく受け取ると、僕は彼に背を向けてにっこりと笑顔を返す。


「総帥の従兄弟にすり寄るなんて、躾がなっていないんじゃないですか?」


言いたいことを言ってすっきりした。
僕は担当者から離れてスキップを踏みながら左の道へ進んでいった。
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