十五夜うさぎ

□夏
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一、 新月

夏服に代わる頃になると、もう入学したての緊張感はなくなっていた。
かわりに、あちらこちらで気安いおしゃべりが繰り広げられる。
「浦田!」
俺は相変わらず、隣のクラスに顔を出していた。
もちろん、浦田としゃべることが目的ではない。
どうやら席替えしたらしい。
長谷川の席は、浦田の斜め前に来ていた。
もう、彼の教室を訪れる必要も無くなったので、自分の机にかじりついている。
昨日見たときは、他の女子と喋っていたが、今日は教科書と格闘していた。
「長谷川、中間やばかったらしいぞ」
俺の視線を読み取って、浦田が言った。
「さっきの授業で言われてた。期末テストで赤点取ったら、夏休み毎日補習だっ
て」
気配を感じたのだろう、長谷川がこちらを振り向いた。
浦田が俺を見てニヤついているが、知らないふりをしよう、とりあえず。
俺に気付いた長谷川は、ニコッと笑いかける。
二ヶ月ちょっとの間に、ずいぶん感じが変わったものだ。
片手をあげて答えると、長谷川はまた教科書と向き合った。
「教えてやったら?」
「なんで」
「得意だろ、数学」
「別に得意ってほどじゃ……」
ちらっと彼女の姿を見ると、難しい問題に当たったらしい。
シャーペンの頭を鼻にあてて、考え込んでいた。
そんな俺を、浦田がニヤニヤしながら見ている。
「なんだよ」
「や〜、別に〜」
予鈴が鳴った。
それを合図に、俺は教室に戻った。
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