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□てて弟
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私にはそれはそれは美しい天使のような弟がいた。
大きな瞳、綺麗な鼻筋、滑らかな肌。
男女問わず魅了するその容姿とその姿に奢らず、純粋無垢な弟は誰からも愛されていた。
かくいう私は、弟とは反対に美しい両親の遺伝子を引き継がなかったのか、ごく一般…中の下ぐらいの容姿だった。
だからと言って、親には弟と分け隔てなく愛され、お姫様のように(可愛くないのに綺麗な両親からお姫様と呼ばれるのは恥ずかしかったが)大事に育ててもらえたからすれる事も無く、弟とは仲良く過ごしていた。
「ヌナ!ヌナっ!見てみて!」
「わっ!テヒョンびしょびしょじゃん!」
私が7歳歳、弟のテヒョンが5歳の頃、家族で川にBBQをした時だった。
川で遊んでいたテヒョンは身体を盛大に濡らしながら、私の元に嬉しそうに駆けつけた。
「もうっ、風邪ひくでしょ!」
「ヌナっ!見て!早く!」
幼いながらに無邪気がすぎる弟を良く世話をしていた私はタオルで彼を拭くが、それを無視してずいずいと掌を見せてくる。私は言うことを聞かない弟に小さくため息をつきながら、その掌にめをやった。
「わぁ…綺麗…」
テヒョンの掌には透き通ったブルーのシーグラスが乗っていた。それは水で濡れ、太陽の光でキラキラと輝いて、まるで宝石のように見えた。
「ふふっ、きれいでしょ?川で見つけた」
そう言って宝物を見つけたように嬉しそうに笑う彼は、シーグラスのように純粋無垢でキラキラしていた。
「良かったね!良いなぁ〜私も見つけたい」
当時キラキラしたものが好きだった私は、それが凄い羨ましくて、自分も欲しくて川に向かおうかと思った。
「これ…ヌナにあげるっ!」
「え?」
そんな私にテヒョンはシーグラスを差し出してきた。
「テヒョンが見つけたんだから良いよ。私は自分で探しにいくよ?」
「違う!これはヌナのっ」
本当は凄く欲しいけど、純粋な弟のものを奪うほど私はわがままにはなれなかったから断ったのに、テヒョンは私の手を無理矢理取ってそれを渡してきた。
「それ凄く綺麗で、ヌナに似てたから、ヌナにあげたかったの!だからあげるの!」
その時の事は今でも鮮明に思い出せる。
お世辞でも可愛くない私に綺麗で似てるからとテヒョンは言った。そのシーグラスはキラキラしたテヒョンに似てるのに、私はその言葉が嬉しくて照れながらそれを受け取った。
「ありがとうテヒョン…嬉しいっ」
「えへへ」
私は嬉しくてびしょ濡れのテヒョンに抱きついた。テヒョンも特徴のある四角い口で嬉しそうに笑いながらぎゅっと抱きしめ返す。
じめじめと私も濡れてしまったけど、全然気にならなかった。私はその帰り、宝物箱にそれを大事にしまった。
だけど仲が良くても、たまに私の中で良くない感情も生まれた。
親戚同士の集まりで参加すると、小さな子供は私とテヒョンぐらいで、従姉妹はみんな大人だった。私は人見知りが当時激しくて、親戚と言えど毎回馴染めずに親にびったりくっついていた。それとは反対にテヒョンは天性の人懐っこさでみんなから可愛がられていた。
「テヒョン君は可愛いのに美香ちゃんは可愛くないね〜」
「本当に笑わなくて大人しいね〜テヒョン君はやんちゃなのに」
悪気はないとは言えど、子供相手に目の前で私とテヒョンを比べた。毎回そう言われるから、私は更に大人しくなってしまう。
容姿を見て比べてるわけではないと思うけど、子供だった私は素直にそうだと思ってしまった。
テヒョンは悪くない。悪くないけど、その集まりから帰った日はどうしてもモヤモヤと嫌な気持ちになり、テヒョンとは居たくなくて冷たくしてしまう。
その度テヒョンは傷ついた寂しそうな顔をするから、私は更に罪悪感で惨めな気持ちになった。
「ヌナ…僕の事嫌い?」
テヒョンは毎回その夜に私の部屋に泣きながらやってくる。毎回折れてすぐに違うよと伝えるが、今日は一段と素直になれなくて布団を頭までかぶり、背を向けながら無視してしまう。
テヒョンはいつもと違う私に焦り、縋るように震えた声で私のシーツを引っ張る。
「ヌナ…ヌナ…やだっ、嫌いにならないで…お願いっ、ヌナぁ…」
「……っ」
「悪い事したなら、ぼく、謝る、から…お願いっ、…ヌナっ…」
テヒョンのその声に私は胸が苦しくなり、もやもやした感情も忘れて私は布団から顔を出した。その瞬間にテヒョンは顔を更に歪ませて私に抱きついてきた。
「ヌナ、ヌナ…ごめんなさいっ、嫌いにならないでっ」
テヒョンは何も悪くないのに必死で私に嫌われないように何度も謝る。
こんなに純粋な弟を傷つける私はなんて最低なんだろう。こんなに綺麗な弟を泣かせてしまうなんて私はなんて醜いんだろう。
私はちっぽけな汚い感情を持ちながら、はらはらと綺麗な涙を流す弟を抱きしめた。
「ごめんね…テヒョン。テヒョンは何も悪くないよ」
「…本当?ヌナ、僕の事、嫌いに…なった?」
「嫌いになんかなってないよ…ヌナが悪いんだよ」
不安になっているテヒョンは何度も本当に?と聞いてきた。それを私は何度も本当だよと答えてあやした。
「じゃあ、僕の事…好き?」
ゆらゆらと瞳を濡らしながら聞いてくるテヒョンにあの日のシーグラスを思い出した。
やっぱりテヒョンは綺麗だ。
私の小さな嫉妬なんておこがましい。こんなにキラキラした弟が私を嫌いにならないだけ奇跡だと思う。
私は宝物を扱うように更に抱きしめる。
「好きだよ」
「本当に?」
「本当」
「本当に本当?」
「本当に本当」
「本当に本当にほんと、
「しつこい!本当っ」
そういえば、彼は四角い口を開けてエヘヘと嬉しそうに笑った。
「ヌナ、大好きっ…ずっと側にいてね!」
その夜は、テヒョンがどうしてもとわがままを言うから一緒に寝た。私が離れるのが嫌なのか、私をぎゅっと抱きしめながらテヒョンは眠りについた。
その日からテヒョンはたまに私のベッドに潜り込むようになった。
それは私が高校にあがった後も続いた。弟も中学二年生。私より身長を越して大きくなったにも関わらず、いまだに私を抱きしめながら寝る。
「テヒョン離してっ!もう起きる時間!」
「ゃだ…もうちょっと」
「もうっ!」
そう言って、私のふくらみ成長過程のある胸に顔を埋めながら、更にぎゅっと抱きしめてくる。
両親もそうだけど、私もテヒョンをだいぶ甘やかしすぎてしまった。自由奔放に育った彼は曲がらず育ったものの、だいぶシスコンになってしまった。
家族仲がいい事は良いけれど、このままでいいのかと頭を悩ます。
私が中学にあがり、テヒョンがまだ小学生だった頃。通う場所が違うことに不安を感じたのか、下校時間になると校門で待っていた時があった。テヒョンも中学生になるとそれは無くなったものの、休み時間に私の教室を意味もなく来る事が多々あった。
「えっ、美香の弟かっこよくない?しかもお姉ちゃんと仲良いとか可愛すぎる」
小さい頃からモテていたが、弟は成長してもその綺麗さは損なわれず、どんどんと男らしさも出てきて更に拍車がかかる。
私のクラスによく来るせいか、上級生にも人気が出ていた。それなのに浮いた話が出てこない弟に身体は成長しても、まだ中身は子供なんだと思った。
「テヒョン、どう?」
「うん…似合ってる」
高校にあがって、舞い上がって制服を見せつける私に弟は嫌がらず褒めてくれた。
だけど、どこか寂しそうに笑うテヒョンに私は首を傾げた。その頃からか不意にぼーっとする事が多くなった彼は、無邪気さはあるものの口数が前より少なくなった。
中学になって落ち着いたかと思っていたけど、週に何回かだったのが毎夜私のベッドにくるようになり、不安そうに抱きついて寝るものだから、もしかしたら思春期特有の悩みを抱えてるのかと思った。テヒョンは昔から親よりも私に甘えてくる事が多かったから、何か気付いてほしいのかもしれない。
親は仲が良いと微笑ましくみているが、さすがにこの歳でずっと一緒に寝るのはどうかと思った私は、心配になってた事もあり、部屋に訪ねてきたテヒョンに聞いた。
「テヒョン最近どうしたの?」
「何が?」
「悩みでもある?」
私が聴くとけろっとした顔で特に無いよ、と首を不思議そうにかしげる。それが本当なのか分からないけど、問い質しても無いと言われるので、とりあえずその事はおいておいた。
「テヒョンア。もう今日から一緒に寝るのは禁止にします」
「え、何でっ??」
「私も高校にあがったし、そろそろテヒョンもヌナ離れしないと!」
私がそう言うと、テヒョンの眉が一気に下がる。私は少しの罪悪感を感じたが、このままではテヒョンの為にならない。
だけど、テヒョンは口を尖らせた。
「やだ…別に良いじゃん」
「だめっ!寂しいかもしれないけど、いつまでも私に甘えちゃダメ。私もテヒョンも大人になって、いつか一人立ちするんだからっ」
「嫌だッ!!」
テヒョンは一際大きな声を出した。私はそれにびっくりして肩を震わす。
「テヒョンア…」
「ヌナは、俺の事嫌いになったの?」
テヒョンは寂しそうに瞳を揺らす。いつかのテヒョンと被ってみえた。
違うのは僕からいつの間にか俺と一人称がかわっていた事と、身体が大きくなった事。
「そうじゃないけど…」
そして私が彼のこの瞳に弱い事は今でも変わらない。大きな瞳は私をじっと試すように射抜く。
「ヌナは俺がうっとうしい?」
「違うっ」
「じゃあ、何でそんな事言うの…一緒にいるの嫌だ?」
「違うってば!」
沢山の人に愛されてるのに、愛してほしいと訴えてくるそれに私は先ほどまでの決意が揺らいでしまう。
「じゃあヌナは俺の事好き?」
「好きだよ!嫌いになったわけじゃないってば」
そう言ってもテヒョンは悲しそうな顔をする。それだけじゃなく不安そうに瞳を更に揺らした。
「俺…怖い…訳もなく…たまに、凄く怖くなる…だけど、ヌナが側に居ると安心するから…」
「テヒョンア…」
「一緒に寝ちゃ…だめ?」
そんな風に言われては断れなかった。テヒョンは純粋ゆえに傷つきやすくもある。儚げに笑って我慢するけど、その度心から安心して笑わせてあげたいと思った。
「だめ…じゃない…」
「本当?」
「本当」
そう言うと彼は眉を下げつつも、良かったと笑う。その笑顔に安心した私はなんて弟に甘いんだろうかと落ち込んでしまう。
「ヌナ、大好き…」
そう言って強く抱きしめてくる可愛い彼に、わたしはもう少しだけこのままでも良いかと目を閉じた。