現パロ部屋
□ルームシェア3
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アーサーが帰ってこない。
ちらりと時計を見るともう1時を過ぎていた。
もう終電もないだろう。
今までこういったことはなかった。
朝は同じ時間に出る割にアーサーは先に家に帰って夕食を作っていたり、駅前のカフェでルシウスを待っていたりすることが多かった。
大学構内で待ち伏せされたことさえあった。
それにしても、こんな時間まで寝ずにソファで待つ自分も酔狂だと思った。
しかし待つしかできないのだ。
生憎、携帯の電話番号もアドレスも知らない。
「…一緒に暮らしてるというのに」
ふと漏らした呟きの声音が寂しそうなことに、ルシウスははっと息を飲んだ。
陶器のように白く滑らかな頬がぱっと薔薇色に染まり、すぐ引いた。
一緒に暮らし始めてもう3ヶ月が過ぎようとしてるのだ、少しぐらい情が移るのは当たり前だ、とルシウスは自分に言い聞かせる。
ソファの前のローテーブルに置いた携帯を手に取り、開いた。
もちろんアーサーから着信もメールもあるわけがない。
アーサーの好きな食べ物、好きな服、昼寝がしたくなる時間。
一緒に暮らしていく中でたくさんのことを知ったと思った。
近くに居すぎたから電話もメールも必要なかったのだ。
それは納得がいく。
きっと知っていても使うことはなかったかもしれない。
いつもそこにいるものがいないという違和感は凄まじいものだ。
ルシウスが感じていたのは単なる「違和感」では片づけがたい感情だったが、構わず押し流そうとした。
「はあ…」
もういい加減に寝よう。
色々考えているうちにもう短針は1と2の間に差し掛かろうとしている。
アーサーがいないので適当に済ませた食卓の後片付けを済まし、最後にもう一度だけ携帯を開きソファに横になった。
寝室へ行かなかったのはただ単に面倒だったのと、連絡をよこさなかったアーサーへの当てつけでもあった。
連絡できるわけがないとわかっていながら、それに対して不満を見せずにはいられない。
「私は一体何がしたいんだろうな」
冷たいソファに身を委ねまぶたを閉じると、時計の針の音だけが嫌に耳に届く。
アーサーがいなければ毎日こうだったんだな、とルシウスは静かに溜め息を着いた。
遠くの方でやけに急いだ足音が聞こえた。
もしや、と思ったときにはもう鍵を回す音がして静かにドアが開かれた。
廊下を軋ませる足音がリビングの前で途切れる。
きっとルシウスがソファに寝そべっているのに気づいたのだろう。
「ルシウス?起きてる?」
少し呂律が危ういその声を聞き、なんだ飲み会か、とほっとすると同時に怒りもこみ上げてきた。
「…遅い」
「ごめん」
きっと捨てられた子犬のような目でこちらを見ているのだろう。
足音が近づいてくるが、目を開けようとはしなかった。
「寝ててもよかったんだよ?ルシ」
「なんで連絡をしなかった」
アーサーが言い切る前に口を挟んだ。
怒りを込めて発したはずの言葉は、どうしてか拗ねて甘える子供のようになってしまった。
自分でも恥ずかしくなる。顔が熱かった。
「ごめん、ごめんね…連絡先知らなかったから」
薄く目を開けると眉を八の字にした赤毛の男がローテーブルの前にぺたりと座り込んでいる。
アルコールで紅潮した頬が憎らしい。
「携帯を出せ」
「へ?」
「教えてやる。番号ぐらい…だから、これからは、電話しろ」
ありがとう、と満面の笑みを浮かべアーサーはルシウスの携帯を受け取った。
「一瞬だったな」
ルシウスがぽつりと呟く。
「何が?」
アーサーは携帯の画面に目を落としつつ返事をする。
赤外線送信をして、ルシウスのアドレスを登録する。
なんだか変な感じだった。
ルシウスのことはよく知っているはずなのに、アドレス帳に並ぶ彼の名が真新しく感じ気恥ずかしい。
「連絡先を交換するのは一瞬で済むんだな、と思ったんだ。お前のことは、その辺のお前の友人より知ってるつもりになっていた。それが連絡先すら知らなかったなんてな…」
「ルシウス?」
初めてきく弱々しい彼の声音にアーサーは顔を上げる。
ソファに寝そべる彼は、眠さのせいもあるのか目を薄く開け、プラチナブロンドが頬に散っている。
まるで微笑んでいるように見えた。
「これからは、連絡するんだ。とにかく…ひとりで待たせるな」
普段はなかなか文句も言わないルシウスが呟く姿にアーサーが動悸が速くなるのを感じた。
「…ルシウス?」
「なんだ」
「もしかして酔ってる?」
「……酔ってるのはお前だ」
それからしばらく、アーサーはルシウス宛ての謝罪のメールを送り続けることになった。