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求めていたものなど何もなかった。

手に入らないものはなかった、と言うべきなのか。
求めるものはすんなりと掌中に収まるようになったので自然に何も求めなくなった、と言うべきか。

僕の周りの人間は常にあくせくと何かを求めている。そんなふうに僕の目に映った。
何か、というのは単なる物質的なものであったり、目に見えないものだったりする。
目には見えぬ。その中でも自分の力で手に入れられるものもあれば、先天的に運命づけられた容姿や能力といったものも挙げられる。
そして人間というのはそれらを追求することにエネルギーを費やす。
手に入れた「何か」で自分をより上位に、より上等なものにしようと画策する。

僕はあくせくと生きる人間が愚かだとは思わなかった。むしろ、飽くなき欲求・欲望こそが人間の特性だと考えていた。
周囲はただそれを剥き出しに生きているだけだ。
僕の理論上、彼らこそ人間性に長けていると言えるだろう。
この僕はと言えば富も栄誉も権力も、増してや友情や恋愛などは自分とは隔絶されたものと感じている。

こうした欲望からの離別と断絶、その感覚が周囲にどう見えたかは明らかで、ある人間は天才の高慢・欺瞞だと、またある人間は無欲な優等生、と各々の解釈で納得していた。
良い意味でも悪い意味でも好奇の人の目にさらされ、少年期を過ごすことは今振り返れば心に毒だったのだろうと思わざるを得ない。

明らかな差別と静かな敬遠、その極端なふたつの格好の餌食となった僕は、信頼だとかいわゆるコミュニケーションというものから一切無縁に学校生活を送った。
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