短編*
□チーク不要
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「男の人ってさぁ、」
「うん?」
コーヒーを飲みながら雑誌を読んでいると、隣で化粧をしている彼女が何の前触れも無く話し出す。
「彼女のスッピンが好きだとかよく言うけどさぁ」
「うん」
「あれ絶対嘘でしょ」
「…うーん」
機嫌が悪いのだろうか、と思い雑誌を読むのをやめて彼女の方を見るが、鏡に向き合っている彼女は至って普通だ。
「どうしたのいきなり」
「だってさぁ、自分が男だったら自分みたいな顔の女のスッピンとか絶対好きじゃないし」
そう話す彼女は手を休めることなく化粧を続ける。
アイラインを引き終わったのか、ポーチをガチャガチャ探りマスカラを取り出した。
「それにそんな事言われたら女の子の方だってさ、一生懸命メイクしてその人の為に少しでも綺麗に居ようって頑張ってるのにさぁ」
「うん」
「スッピンのが好き、なんて言われたちょっと複雑じゃない?」
ここでやっと彼女が手を止めて、目線だけをこちらに向けた。
しかしそれも束の間、すぐに鏡へと向き直ってしまう。
「まぁ、俺は男だから女性のそういう複雑な気持ちは分からないけど…。」
「えー、分かってよ!」
「無理言うなよ…」
「まぁでも酒井さんは乙女心理解度は高い方だしなぁ…」
「なにその理解度。っていうか誰と比べてんの」
「あらやだ、ヤキモチ?」
からかう様に口端だけで笑う彼女に少し不機嫌な視線を投げると、こちらを見ていないのにそれを察したのか、「冗談冗談!」とケタケタ笑い声を上げた。
「東堂塾の皆さんと比べて、って意味」
「ああ、まぁ塾の皆より劣ってたら……凹むな」
「酒井さん何気にひどい」
マスカラを終えた彼女は仕上げのチークを取り出した。
「でも正直に言うと、酒井さんだって彼女がスッピンで居るよりは化粧してた方がいいでしょ?」
「うーん、こればっかりは時と場合によると思うけど、」
「けど?」
「俺は名前だからスッピンも好きって言えるんだろうな」
「……は?」
片頬チークを塗り終えた彼女が、持っていたパフをポロリと落とす。
「別に彼女が、とかじゃなくてさ。俺は名前だからスッピンでも可愛いと思うよ」
「なっ、なな…っ」
鏡に向き合っていた彼女の頬がボボボッ、と音でもするんじゃないかという勢いで赤に染まっていく。
「なに!急になに!!」
「うん?メイクに対する俺の意見」
「いや、メイクっていうかそれって…!」
うん、メイクっていうよりは名前に対する俺の意見…じゃなくてこれは惚気か?
滅多にこんなこと言わないもんだから、彼女が珍しく本気で照れているの無性に可愛く見えた。
「まぁ、スッピンがどうとか化粧がどうとかじゃなくてさ」
「……」
「一生懸命メイクして俺の為に少しでも綺麗に居ようって頑張ってる名前が一番可愛いんじゃない?」
「!!!」
「だから正直メイクしてようがしていまいが、俺は名前なら何でもいいよ」
「〜〜〜〜っ!!」
今度はボフンッ!!と音がするほど真っ赤になった。面白い。
俺は照れて俯いてしまった彼女の傍に腰を下ろし、両頬を優しく包んでこちらへ向ける。
真っ赤な顔を見せたくないのか、少し嫌がる素振りを見せるがそんなのおかまいなしだ。
「ほら、化粧終わったのか?」
「ま、まだ!まだだから離して!」
「チーク片方しか塗ってないのに……これじゃもう片方要らないんじゃない?」
「だ、だ、誰のせいだと…っ!!」
ニヤリとわざと意地悪く笑ってやると、彼女の頬はますます赤く染まっていった。
【チーク不要】
(ちなみに俺が一番好きなのは……エッチしてる時の名前のスッピンかな)
(もうやめてーーーーーーー!!!!)