短編*
□ちゃんと捕まえてて
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「酒井さんってかっこよくない?」
「分かる〜!スラッとしてスタイルもいいし、何より優しいのよね!」
そんな声が耳に入る夜の塩那。
東堂塾のギャラリーは基本的に男性が大部分を占めるのだが、最近は女性もチラホラ増えてきている。
プロとして活躍している智さんが東堂塾で走っていたという噂を聞きつけて見にきているらしい。
もちろん女性特有のミーハーな目で東堂塾のドライバーを見に来る人達も少なくはなく、
冒頭に戻るのだが。
「(一応わたし、彼女なんだけどなぁ…)」
わたしは東堂商会で働く傍ら、チームのタイム記録やデータ処理などをする役割を社長から任命されている。
酒井さんとは職場恋愛で、付き合い始めてかれこれ3年目だ。
行き帰りはもちろん酒井さんのDC2に同乗しているので、ギャラリーにも私と酒井さんが恋人同士なのは周知の事実だとは思うのだが…。
「けど酒井さんってカノジョいるんでしょ?ほら、いつもデータ係やらされてる人」
「あー、毎回インテからこれ見よがしに出て来るもんね、あの女」
「そうそう!アピっちゃってさー!」
無意識なのか、はたまたわざとなのか。
たぶん後者だとは思うが、すべて私の耳に入っている。
「(やらされてるんじゃなくて、やってんのよ…全く…)」
最近のギャラリーの子達はすごいな。
何の躊躇もなく心を抉って来る。
するとタイムを測る為、先程まで峠道を飛ばしていた真っ白なインテRが戻ってきた。
「名前、タイムどうだった?」
「良くなってますよ。前回の記録上回ってます」
「お、本当か。足元いじって正解だったな」
嬉しそうに微笑む彼。
大輝に話して来る、と離れた位置に歩いて行ってしまった。
するとその時、
「酒井さーん!かっこよかったです!」
「今日もサイコーでしたぁ!握手してください〜!」
道路脇で先程酒井さんを褒めちぎっていた女の子たちが酒井さんに近づいて行く。
「ああ、どーも」なんてちょっと困った顔で握手を受ける酒井さん。
その姿を見て心に嫌な靄がかかる。
あの子達みたいに若くもないのに…こんなのただの下らない嫉妬だ。
酒井さんは誰にでも優しいから、絶対にああいった行為を断ることはしない。
「(そんな事分かってる…分かってるけど、)」
分かっていても飲み込むことはできない。
嫌な性格だな、と今日も靄は晴れることは無い。
「さてと、仕事仕事…」
残りのタイム測定のデータを取らないといけない。
心の靄は見えないふりをして、頂上からの無線に耳を傾けた。