短編*

□送り狼になりそこねた男の話
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ガヤガヤと騒がしい金曜夜の居酒屋。
社長の気まぐれで稀に開催される塾のメンバーが集まる飲み会が開催されていた。

仕事終わりの男ばかりのむさ苦しい光景の一角、周り同様ツナギを身に纏った女性が一人。

「お疲れ様でーす!」

「お疲れー!」

ガチャン!といくつかのジョッキがぶつかり合う音が響く。


「名字、お前着替えてこなかったのか?」

「あー、はい。どうせ帰ってお風呂入って寝るだけですし」


先輩から指摘されそう答える。
まぁ事実、合コンじゃあるまいし。

これがOLさんとかだったら違うのかな。
一度帰宅してシャワー浴びて化粧直して髪巻いて。

とてもじゃないけどこんな環境で働いてる私にはそんな面倒なこと思いつかない。


「ほんっとお前…女らしさどこやったんだよ…」

「そんなモン入社直後に失いました」

「…まあなー、男ばっかだとそうなるのかね」

「そうなりましたね」

「けどお前、せめてこういう酒の席は洒落て来いよ〜!」


そんでもって酌してくれよなー、なんて程よく酔っ払った先輩が絡んでくる。
正直うざい。


「綺麗なオネーチャンにお酌して欲しいなら、そういうお店行ってくださいー」


可愛げもなく酒を煽るとジョッキをドン、と置く。
通りがかった店員に同じものをもう一杯頼むと、横にいた先輩から「おお〜」と謎の歓声を頂いた。


「あれ、そういや二宮と酒井は?」


そういえば見当たらない。
今日はどちらとも出勤していたはずだが…。

すると隣のテーブルにいた新人が「少し遅れて来るって言ってましたよ」と身を乗り出した。


「俺らが帰る時まだ2人で作業してたっぽかったですし、…けどもうそろそろ来てもおかしくないっすよね」


するとタイミングでも計ったかのように店の引き戸がガラガラ、と音を立てた。


「お疲れ様でーす」

「遅れてすいません」


噂をすれば何とやら。
2人ともいつもの作業着姿で揃って到着したようだ。

「おせーよ!ほら、こっち座れ!こっち!」

隣で私に絡んできていた先輩が手招きをする。
…この調子じゃこの人すぐ潰れるな…。


呼ばれた2人は私が座るテーブルへ。
先輩とは反対側に二宮、向かいに酒井だ。


「名前さんお疲れっす。何飲んでんすか?」

「レモンサワー」

横から覗き込んで来る二宮に間髪入れずに返す。
目の前の酒井はちょうどいいとでも言うように、

「あ、俺もそれにしよ」

と、店員を呼び止めた。


「大輝は?」

「オレ生で」

「あ、私も」

ついで、と言わんばかりにジョッキに半分くらい残っていたサワーを一気に飲み干す。
注文を取っていた店員にそのまま空いたグラスを手渡した。


「おお〜!相変わらずいい飲みっぷりっすね名前さん」

タバコを加えてニヤリと笑う二宮。
ふん、うるさい。
どーせ私は女らしさゼロの酒豪ですよ。


「やべ、名前さん火貸してください」

「あんたいつもジッポ持ってんじゃん」

「車で落としたっぽいっす…」

「ふーん、…はいよ」


あざす、と安いライターを受け取る二宮。
何とは無しにチラ、と酒井を見ると目があった。
…何だか様子がおかしい。


「…なに?」

「ふっ、いや、何でも」


笑いをこらえてるかの様な表情にイラっとする。
どーせアンタも、すぐライターがポケットから出て来るあたり女らしくねーな、とか思ってんでしょ。
女がタバコ吸っちゃダメなんて決まりないんだから別にほっとけ、って感じ。


「(あーーー、どいつもこいつもさっきから…うっざ…)」


先ほど頼んだ3人分のお酒がまとめてガチャン、とテーブルに置かれる。
そのまま自分のお酒をゴクゴクと音を立てながら、このイライラごと流し込んだ。


「ちょ、お前さっきからペースやばくねーか?」

先輩が隣で言うが、そんなの無視だ。
さっさと飲んでさっさと帰ろう。


「…始まってからどれくらい時間経つんですか?」

「そーだな、酒井達が来る前だから、1時間くらいか?」

「え!!!1時間ブッ通してこのペースすか名前さん!!」


あーー、うるさいうるさい。


「あ、オニーサン生もう一杯ちょうだい」

「はいよ!生一丁ー!!」

「ちょ、名前さん!」

「ほっとけ、大輝。そのうち潰れてその辺転がってるだろ」




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