わたくし、東堂商会事務員でございます。*
□大輝君に送ってもらう
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「お疲れしたー!お先上がらせてもらいますー!」
「おう、お疲れー」
作業が終わった俺は帰り支度を済まし、先輩方に一声かけてから現場を離れた。
社長にも挨拶…と思って事務所のドアを開けると、なぜか名前さんが。
「あれ、名前さん大分前に帰りませんでした?」
「ああ、二宮君お疲れ様。
それが家の鍵忘れちゃって戻ってきたの」
「マジすか、ついてないすね」
「本当だよー…、どこ置いたっけ……あ、あった!」
自分のデスクの引き出しからキラキラしたストラップの付いた鍵を見つけ出すと、ホッとした表情を浮かべる名前さん。
あのふにゃ、とした笑顔がたまんねぇんだよな。
「そういや社長知りませんか?」
「社長ならあたしより先に帰ったよ?お付き合いでまた食事会だって」
「あ、マジすか」
「うん、二宮君はこんな時間まで残業?」
「もう帰りますけどね。まだ残ってる人とか居ましたけど…酒井さんとか」
「そっか。毎日遅くまで大変だね…。早く帰って休んだ方がいいよ」
「そうすね……って名前さんこれからまた一人で帰るんすか?」
「…?そうだよ?」
「え、真っ暗じゃないすか!送りますよ!」
「ええ!!わ、悪いよ!!疲れてるのに!」
「全然いいですよ、どうせ俺ん家名前さんの帰っていく方向すから」
「いや、でも…」
「俺のEKじゃ不満とか?」
「いやいやいや!そんなとんでもない!」
「じゃ、決まりっすね」
やや強引に言いくるめると、車のキーを指で遊びながら名前さんの手を取った。
「に、二宮君…!」
「なんすか?」
「なんかずるい!」
「ははっ、そりゃすんません」
少し上気した頬で拗ねる名前さん。
そんな顔したって可愛いだけなのに。
「いじってるから乗り心地悪いすけど…どうぞ」
「お、お邪魔します…わー、二宮君のEKだ…」
「な、なんすかその言い方…!」
「いや、変な意味じゃないよ!?
この車でいつも峠とか走ってるんだ、とか思うと私が乗って良いのかとか…何か恐縮しちゃって…」
「……名前さん…それ無意識すか?」
「へ?なにが?」
「はぁ……いや、何でもないです…」
ほんとにこの人は…無意識に男を虜にする。
塾の先輩たちにだって、何人に狙われてるんだか分かってんのか?
それだけじゃない。
店に来る客だって名前さん目当てで贔屓にしてる野郎も居るって噂だ。
それなのに当の本人は超が付くほど鈍感だから…。
俺たちは彼女から何気なく吐かれた言葉にいちいち惑わされてしまう。
「(つーか…ナビに乗せたい女なんて、アンタ以外に居ないっつの…)」
自分の数多くのアプローチもことごとく崩されてしまってきた。
だからこうして心の中で本音をぼやくことしかできないのが現状だ。