まるマ
□眼鏡論争
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やはり眼鏡は外しておくべきだった。
眼鏡論争
扉を開けた瞬間、僕の眼鏡は一面(というか二面とも)曇ってしまった。
ここは日帰り温泉施設。浴室に入れば眼鏡が曇るのは当たり前で、僕も眼鏡を外そうか迷った。それでも僕が眼鏡を掛けたままでいるのは、そうしないと見えないからだ。
人かそうでない物かは、輪郭は見えなくとも、色で分かる。障害物があっても……摺り足で歩けば、多分大丈夫。ちょっと風呂に入る間くらい、はっきり周りが見えなくても、はっきり言って、平気だ。だけど僕は眼鏡を外せなかった。
僕が見えないと困るのは、もっと別の、限られた範囲。特定の人物。
「渋谷、」
彼もその他大勢も同じ肌色だから、色で見分けるのは無理だ。よく見れば肌色にも濃薄はあるだろうが、そもそもそんな些細な違いは眼鏡があったって分からない。
とにかく、広い浴場で彼を見失わない為には、眼鏡が必須だと考えたのだ。例え、湯気で曇ると分かっていても、それは僕にとって重要な気休めだった。
渋谷有利を見失わない為には。
突然手首を掴まれた。
びっくりして顔を上げても、レンズが曇って何も見えなかったが、
「渋谷…」
「村田、」
入り口でうじうじしている僕を心配して戻って来たらしい。
「おれはここにいるよ」
掴んだ手首を離さずにいてくれた事が無性に嬉しかった。
fin.