まるマ
□幼馴染み、夜の会話
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「覚えていないのなら、良い」
思わず不機嫌そうな声が出た。いや、実際不機嫌なのだが、思った以上に機嫌の悪い声だった。
「俺はもう寝る。お前はさっさと遠征にでも行ってしまえ」
「お、おい」
ガタンと音を立てて立ち上がり、背を向ける。我ながら子供のような拗ね方だと思った。コイツの前ではどうも自制が効かない。
「太陽みたいだ」
その言葉に、思わず足を止める。振り返ると、幼馴染みはニヤニヤと笑っていた。
コイツ…
「…覚えてるんだな?」
「忘れる訳ないだろ? あんたが初めて笑った日だ」
「は?」
眉を顰める。そうして見ると長男そっくりだと言われたことがある。
「あの日、初めて笑ったのはお前の方だろう」
「いや、あんただよ。俺はあんなに仏頂面かましてなかった」
そうだっただろうか…いや、そうかもしれない。
俺は寂しかったのだ。父親はグウェンダルとばかり出掛けていたし、母上と弟とは確かに血は繋がっていたけれど、彼らは純粋な魔族だった。しかし、俺は違う。
だから当時はヨザックとばかり遊んでいた記憶がある。遊んでいた、という程子供らしいことはしていなかった気もするが、とにかく傍には大抵彼がいた。俺と同じ、混血の彼が。
しかし、俺はその頃からひねくれていて、礼儀的に笑って見せる以外、少しも笑顔を見せない子供だった。ヨザックといて楽しいのに、ヨザックがいてくれて嬉しいのに、俺はいつでも怖い顔をしていた。
そんなある日、唯一の友人は、俺を高台へと連れ出した。絶好の夕日スポットとのことだった。
実際夕日は素晴らしかった。今でも時々その場所に行く。一人で。たまに、二人で。しかし、夕日以上に少年の心を掴んだものがあった。ヨザックの髪だ。
あの日、ヨザックの髪を見た瞬間、俺はハッと息を呑んだ。美しかったのだ。夕日と溶け合い、輝いて見えた。あんなに美しいものを初めて見た。どうにもならないことが突然、どうでもいいことに思われ、心が少し軽くなった。
「まるで太陽みたいだ」
感動して、思わず口に出していた。
ヨザックが笑ってくれたことが、嬉しくてたまらなかったことを覚えている。
「デートのつもりだった」
「は?」
ヨザックが、何故か拗ねたようにポツリと言った。少し酔いが回ってきたようだ。
「俺は、あの日、魔王陛下の御子息を、デートにお誘い申し上げたつもりだったんだ。子供ながらに、精一杯、ロマンチックな場所を探してな。なのにあんたときたら、俺の髪見て『太陽みたいだー』なんて微笑んでくれちゃて。かー、良心が邪魔して手が出せなかったじゃねえか」
手を出すつもりだったのか。
と訪ねる前に、ヨザックが口を開いた。
「顔が赤いぜ。酔いが回ったか?」
「お前…」
ぐらりと酔いが回って、壁に寄りかかった。赤い顔を手で覆う。
「お前、そんなに前から…」
「ん? 何だ?」
そんなに前から俺のことが好きだったのか。
しばらくそうしていると、ヨザックが立ち上がり、近付いてきた。どこか、それを待ち構えている自分がいる。ヨザックが覆い被さってきた。
壁とヨザックに挟まれる。
「そんなに前からお前のことが好きだったんだよ」
手を外す。目が合う。唇が重なる。
長い、夜の始まりだった。
10.7.3