その他
□疑惑
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帰り道、俺達は一言も口を利かなかった。クラウドは俺と並んで歩こうとはしなかったし、俺もなんとなく後ろを振り返れなかった。ちゃんと付いてきているかどうかは、足音で判断した。
帰宅してからも、そのぎこちなさは続いていて。クラウドに話しかけるのにこんなに緊張することが、言いようもなく不快だった。
「あー、クラウド、夕飯食べた?」
「…まだ」
かろうじて、返事が聞こえた。
「じゃあ今から作るから、待ってろな」
「ザックス――」
空元気な自分の声が気持ち悪くて、クラウドの暗い口調に胸騒ぎがして、俺は続きを聞きたくなかった。
「ごめん」
その言葉を聞いた瞬間、俺は固まって動けなくなった。
何を謝られているのか分からなくて、一瞬でいろんなことが、走馬灯のように脳裏をよぎった。
ティファと言います。おっさんと話すより。めちゃくちゃ楽しそうだったぞ。何コソコソしてんの。大切にしてやれよ。ザックスの他に好きな人なんて。
浮気なんてしてないよ。
「な…にが?」
やっぱり浮気してたのか?
「今朝とか、さっきの態度とか…」
歯切れ悪く、クラウドが呟く。
おれはキョトンと、身体中の力が抜ける。
「なんだ…そんなこと…」
「そんなことって…ッ!」
「ち、違くて、俺はてっきり…」
しまった。
「…てっきり、何?」
「い、いや、何でも…」
「…」
クラウドは俺を見つめている。俺は不謹慎にもドキドキしてしまう。
「…昨日のことと、関係ある?」
「…」
俺はクラウドから目を逸らし、そのまま背中を向ける。
「…あの子、誰?」
低い声。
「ティファ? 誰って、さっき言ってただろ。幼馴染みだよ」
「この前も一緒にいたよな?」
ああ駄目だ、こんな言い方。
「この前って…前にも見てたの? だから声掛けてくれれば…」
「お二人があんまり楽しそうだったんで」
「…」
言いながら、自己嫌悪に陥る。こんなあからさまな嫌味。いつも、俺が言われて不愉快になるようなこと。嫉妬。これじゃまるでクラウドだ――クラウドも、こんな気持ちだったのかな、今まで。
クラウドが、何も言ってこないから不安になっていたら、後ろから抱き締められた。
「…ティファは、ただの幼馴染みだ」
さっきまでの刺々しさが嘘のように、優しい口調でクラウドがそう言った。
「ザックス、俺、浮気なんてしてないよ」
「うん、疑ってごめん」
「ううん。俺、嬉しいんだ」
「え?」
俺は振り返ってクラウドを見る。
「だって、ザックスに捨てられると思ったから」
は?
「何それ?」
それはこっちの台詞だ。
「だって…昨日、あんなこと…訊くから…」
――クラウドは、他に好きな人いないの?
「ああ…」
「だから俺、ザックスに好きな人ができて、俺は捨てられるんだと…」
「そんなことあるわけないだろ」
向き直ってクラウドの目を見る。
「クラウド以外に好きな人なんて、いるわけない」
恥ずかしいことを言ってるなんて感覚は、無かった。
「はは、ザックス、キザ」
クラウドがくすくすと笑った。
「お前が先に言ったことだろ?」
「うん。何て恥ずかしいこと言ったんだろうね」
「でも、言ってる本人はそんなこと、全然感じてない」
額にキス。
「だって当たり前のことを言っただけなんだから」
クラウドがまっすぐに俺を見上げる。それだけで気持ちが伝わり、火が点き、加速する。
「そうだね」
唇に、キス。
fin.