まるマ

□Bell
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何も知らないくせに。

僕の事なんか、明日は忘れるくせに。


鳴り響く電話のベルに、僕は重い腰を上げた。



Bell




受話器を取る前から、その相手は分かっていた。だって電話の呼鈴でさえ、優しく部屋に響いたから。

聞こえて来たのは案の定、太陽みたいな君の声。


『あ、村田』
「あ、じゃないよ、渋谷」


僕は笑った。

笑って、そっと涙を拭った。


「どうしたの?」
『いや、今度の練習試合の事なんだけど……』


打順はあのままで良いかなとか、雨で延期になった場合に備えて、ミーティングを用意したいんだけどとかいう話に、僕は何となく応えた。

渋谷の話がダルいとかじゃなく、今は言葉を返すので精一杯だったから。

と、


『……村田?』


急に渋谷の声の調子が変わって、僕は思わず身構えた。受話器を握る手に力を込める。


『泣いてる?』
「え?」


突然図星を突かれて驚いた。

多分、無意識に鼻を啜ったのがまずかった。それとも実は声が震えていたのか。


「泣いてないよ。何言ってんだよ、渋谷」
『だって……』


気付かなくて良い。君は余計な心配なんてしなくて良い。僕は祈った。

どうか気付かないで。

そんな僕の心配をよそに、渋谷は全く彼らしい言葉を口にした。


『だって、鼻声だから………』


受話器を落としそうになった。体中の力という力が、一気に抜けていく気がした。僕は呆れてため息を吐く。それが渋谷にも聞こえたらしい。不機嫌な声が耳に届く。


『なんだよー』
「別に。全く、勘が鋭いんだかそうじゃないんだか…」
『どういう意味だよ』
「別にーっ」


嫌味たっぷりにそう言って、二人で笑った。


「風邪引いたんだよ。さっきまでリビングで……」


そこまで言ってしまってから、僕は低く声を落とした。さっきまでの、涙の理由を思い出したから。


「寝てたから……」
『村田?』


渋谷がまた、心配そうな声を出す。

君に余計な心配をかけたくないのに、僕はまた泣きそうになっていた。嫌な間があって、渋谷が、僕が言葉を続けないのを分かって、口を開いた。


『……村田、やっぱ泣いてたんだろ?お節介かもしれないけど、何か辛い事があるならさ、おれに話してみてよ。そりゃあおれじゃ頼り無いだろうけど……。それでも、少しは力になれるかもしれないだろ?』


僕はまだ黙っていた。それは泣いていた事を認めたくないからじゃなく、声が震えて上手く喋れないから。

そのうち、焦れったそうに渋谷が語りかけてくる。


『なぁ村……』
「悪い夢を見た」


それに被せるように、僕は短く言った。渋谷が「へ?」と気の抜ける声を出した。


「リビングで、いつの間にか寝ちゃってさ。それで、悪夢を見たんだ」
『………どんな夢?』


やっぱり震える声に、渋谷が優しい声で返してきて、僕は声を振り絞って答えた。


「君が死ぬ夢」
『縁起でもねー!』


僕は思わず笑った。同時に渋谷の笑う声も聞こえてきて、僕はとても安心した。


『でも、安心したよ』
「え?」


心を見透かされたかと思って驚いたら、どうやら(当たり前だけど)そういう訳ではないらしく。


『だって、友達が死んだ夢くらいで泣くなんて。村田にもそんな可愛いらしい心が残ってたんだなぁーと思って、安心した』
「……喧嘩売ってる?」


「まさか!」と笑ってから、渋谷は小さく言った。


『ありがと』


僕は一瞬、息が詰まった。


「どうしたのさ、いきなり?」
『おれが死ぬ夢を見て、泣いてくれたんだろ?ありがとう』


驚きとか喜びとか、そういう感情を理解するより先に、涙は頬を伝っていた。
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