まるマ
□彼がいない
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コンコン。
おれは扉を叩いた。
返事が無い事は分かっていた。この部屋の主は今、この国にいない。
おれは扉を開けて中を見渡した。必要最低限の物しか置かれていないそこは、もう春が終わろうとしているにも関わらず、どこか寒々としている。
「やっと見つけた」
突然の声に後ろを振り返ると、やや不機嫌な様子でヴォルフラムが立っていた。
「こんな所で何をしているんだ。もう夕食の準備が整って――ここは……」
「そう、コンラッドの部屋」
「そうか」
ヴォルフラムは、いまいち感情の読み取れない目をしていた。
「ほんと、寂しい部屋だよな」
「物を置くのを好まないんだろう。アイツは質素な奴だから」
「いや、それだけじゃなくてさ…」
この部屋は変わらない。彼がいた頃のまま、何一つ変わっていない。本棚もその中身も、アヒル船長もそのままなのに、コンラッドだけ居ないなんて、なんだか滑稽だ。
おれは少し目を伏せた。
「寂しいか?」
ヴォルフラムにそう尋ねられて、おれは短く「いや」とだけ答えた。
「夕食出来たんだっけ? ごめんごめん。行こうぜ、ヴォルフ」
「ユーリ、アイツはもう戻って来ない」
おれは扉に近付こうとして、思わず動きを止めた。ヴォルフラムが、急に真剣な眼差しでそう言ったから。
「分かんないだろ、そんなの…」
「もし戻って来たとして、反逆者である事に違いは無い」
「ちょっと黙っててくれ」
そんな話はしたくない。
おれはただ、彼を信じて待つだけだ。
そんな言葉は聞きたくない。
「少なくとも今、奴は眞魔国の民じゃない」
「黙れって言ってるだろ!」
おれは溜まらなくなって、拳でどこかの壁を叩いた。ヴォルフラムは微動だにしなかった。それどころか、嫌に冷静な声で、諭すようにおれにこう言った。
「ユーリ」
その瞳はまるでグウェンダルのようで、
「ウェラー卿はここにはいない」
おれはとうとう、彼の目を見れなくなったんだ。
コンラッドはここにはいない。
そんな事は分かってる。
だけど、
彼がいない
何もお前が言わなくたって良いじゃないか。
(なんて残酷な事を言わせたんだ、おれは)
fin.