まるマ
□会イタくナい
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沈みゆく夕日を2人で眺めた。
夕暮れの河川敷は人通りが少ないから、お互い躊躇わずに手を繋げる。躊躇うのはいつも僕の方だけれど。
「綺麗だな」
渋谷がぽつりと呟いた。
「うん…」
僕もぽつりとそれに応える。
本当はもっと他に、君に伝えなきゃいけないことがある。でも君の隣は優しくて、幸せで――哀しくて。いつも先伸ばしにしてた。もう少し、もう少しだけ……
もう少しだけ君の隣にいられることを願って。
「――まだ、会いたい?」
だけどそれも――今日で終わり。
「会いたくない」
そう返すのが精一杯だった。
「でも、おれ達もう終わるんだろ」
「止めてくれ、そんな言い方」
「じゃあ否定しろよ!」
渋谷が声を荒げた。同時に繋いだ手に力を込めたから、僕は痛みに顔を歪める。だけどその痛みさえ、今は愛しい。
「会いたくは…ない。ただ――」
僕は目を伏せた。
「――忘れられないんだ。そう呪われたから」
4千年前、 どこかの誰かが彼と出会った。彼と出会って、全てを知った。空の青さを、人の温もりの優しさを、生きることの意味を、彼が教えてくれた。
そして彼は言ったのだ。“決して忘れるな”と。
「忘れられないんだ、何もかも。だから、僕は…」
「そんなの、理由になってない」
渋谷が声を震わせた。
「会いたくないなら、忘れれば良い!忘れられないなら、おれが忘れさせてやるよ。おれを…おれを好きになれば良い」
顔を上げる。渋谷の目を見たら、思わず泣きそうになった。
「君のことなんて…ずっと、ずっと好きだったよ…。眞王のことを好きなのは、大賢者だ」
「じゃあ」
「でも、孤独な大賢者にとって、眞王は人生の全てだった。――僕の記憶の根底には、眞王との幸せな思い出があるんだよ」
あの日の風を、あの日の空の色を、あの花の色を、あの手の温もりを、あの優しい声を。彼と過ごした日々の全てを覚えている。
決して、忘れることは出来ない。
「渋谷、だから、僕は…」
「村田」
「彼を忘れられないまま、君の手は取れない」
それなのに、今まで意地汚くすがり付いていたのは、僕。渋谷の優しさに甘えて、つけこんでいたのは、僕だ。
「ありがとう、渋谷。今日まで――幸せだった」
「村田!」
「僕のことは忘れてくれ」
渋谷の目を見て、はっきりと言い放った。
言ってしまえば何のことはない。声も震えないし、涙も出ない。
ただ、渋谷の方は目を見開いて、手の力がみるみる抜けていくようだった。あんなに強く握っていた筈の手も、するりとほどけてしまった。
僕は彼の手を見つめる。この手と繋がることは、もう二度とない。
会イタくナい
夕日が完全に沈んで、夜が訪れた。
(そして僕は君に“さよなら”を告げた)
fin.