まるマ
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「ハッピーバースデー、村田」
「どうも」
そう言って、涼しげな音を立てて乾杯する。
「一足先に成人してしまったよ渋谷くん」
「あんまそういうこと言うなよ。居づらくなるだろ」
「平気だって」
今日は僕の二十歳の誕生日。渋谷はあと約二ヶ月の間、僕の年下の十九歳。
「成人するまで禁酒禁煙」と公言する彼は、それでも僕の誕生祝いにと、居酒屋につき合ってくれた。二時間飲み放題なんて、決して安くはない筈だ。ただの友達思いでも、僕は嬉しい。
「大体、大学の友達に祝って貰えば良かったじゃん。みんなでワイワイやった方が絶対楽しいって」
「それは三日前にやって貰った。当日だと都合悪い人が多かったんだって。だから今日は一人さ」
「何だそりゃ」
「それに僕はお前が良い」
口が滑ることだって、あるさ。
「…酔ってる」
「そーだよ、悪い?」
渋谷が呆れたように笑ってる。
自慢じゃないけど、僕はお酒がそんなに強くない。今だって、たった二杯目でもう酔いが回ってきてる。目の前に好きな人がいて、浮かれているのもあるけれど。とりあえずいつもより、ピッチは確実に、速い。
「ふふ、楽しいね、渋谷」
「吐くなよー?」
僕はある期待をしている。このままはしゃいで、飲んで、酔って、その勢いで告白すること。それでこっぴどく振られれば、諦められると思った。こんな不毛な、六年とも十年ともつかない片想いを終わらせられると。
僕は、渋谷が、好きだ。けれどそれは叶わない。だって彼には言葉の要らない理解者が――名付け親が、いるから。
だから、悪酔いして、告白して、思いっきり拒絶されたい。そうしてこの想いを忘れてしまいたい。だって、こんな辛いのはもう嫌だ。馬鹿みたいに引き摺って、惨めなだけの片想いは…。
だけど僕は知っている。優しい渋谷は、親友の僕をこっぴどくなんて振らないし、そもそも僕には告白する度胸なんてない。例えべろんべろんに酔っ払ったとしても――言えない。言えないから、こうして、引き摺る。
渋谷は胸元の、青い首飾りを頻りにいじる。
「それ、癖だよね」
「え? ああ、そんなに触ってる?」
本当に無意識だったらしく、指摘されると手を止めた。
「触ってる触ってる」
「なんか良い位置にあるから」
「ふーん」
首飾りに触れている間、君は彼のことを考えているのかもしれない。そんなことはないと信じつつ、もやもやしてしょうがない。
だから、飲む、飲む、飲む。
「弱いくせにそんなに飲むなよ」
「僕は酒豪だ」
「うそつけ!」
笑って、僕の髪に触れる。これもある種の癖だろうか。
このまま時間が止まれば良いのにと思った。だってこの手が離れたら、その感触なんて一瞬で消えてしまう。二時間が終わって、家に帰ったら、君は僕のことなんて忘れてしまう。あっちに戻ったら――君は彼だけを見つめるだろう?
「渋谷も飲めば良いのに」
「あのなー」
「冗談だって」
冗談だけど、僕の願いだ。ちょっと魔が差して、飲んじゃえば良いのに。酔ってしまえば良い。そしてうっかり誰かさんと間違えて、僕に甘えて来てくれれば……そんなことは絶対に無いって、分かっているけれど。
体格的に全く違うし、声も、匂いも、全く……ああ、
どうして僕じゃ駄目なんだろう。
「おい、村田!」
「うぅ…」
潰れた。
to be continued.