まるマ

□ハナミズキ
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青い空に向けて、嬉しそうに手を伸ばす君を見て、僕は健気に願いを掛ける。



ハナミズキ



「どうしたんですか、猊下?」

そう、にこやかに話し掛けて来るのは、ウェラー卿。彼の護衛役であり、過保護な名付け親。

取り繕うのも面倒で、僕は思いっきり邪険に扱う。

「うるさいなー。どっか行ってよ」
「そこまであからさまなのは珍しいですね。何かあったんですか?」

『何かあった』と分かっているから話し掛けて来たんだろうに。まったく、わざとらしくて気に食わない。悪い人でないことは確かだが、この男とは大体にして反りが合わない。そう思っているのは僕の方だけなのかもしれないけれど。

「なんでもないよ」

そう言って、息をつく。

『なんでもなくない』と言っているような態度だが、別にこの男に心配して欲しいわけじゃない。何度も言うが、取り繕うのが面倒なだけだ。

それにこの男は、無駄に空気を汲み取るので、今の言葉を『僕に構うな』と受け取り、これ以上詮索しては――

「でも、『何かある』って、顔に書いてありますよ?」

ちっ。

「空気の読めない男だな、君も」
「光栄ですね」
「…『仮に何かあったんだとしても、あなたに心配されたくない。もう僕に構うな』こう言えば分かって貰える?」
「で、陛下に心配されたくて、こんなところでたそがれているわけですか?」
「…」

あからさまな僕も珍しいけれど、どうやらこの男もまた、いつもと様子が違うようだった。いつもより口数が多くて、いつも以上にニコニコしている。端的に言うと、『機嫌が悪い』。

「何、怒ってるわけ?」
「あれ、分かります? 別に怒ってはいませんけどね」

そう言って、彼らを見る。

「だって、むしゃくしゃもするでしょう? 可愛い名付け子と可愛い可愛い弟が、仲睦まじくしてるところなんて見たら」
「知らないよ」

そんなくだらない愚痴は、グリエにでも聞いてもらえ。

「で、同士を見つけたと思って話し掛けたんですが――違いました?」
「は? 同士?」
「あまりに、羨ましそうに眺められていたので」

ウェラー卿は羨ましかったのかよ。

「…」

彼らを、見る。

確かに仲睦まじい彼らの姿は、見ていて少し羨ましい。けれど僕は、別にそこに加わりたいなんて思わない。どちらかと言えば、今すぐここを離れたい。この光景を、これ以上目にしない為に。(それからウェラー卿から逃げる為に)でも、できない。どうしてか、二人から目を離すことができない。

一瞬、彼らの姿が遠い面影とダブって見えた。

「ヤキモチですか?」

ハッと我に帰る。

「…そんなんじゃない」

そんなものじゃ、ない。

僕のこれは、もっと醜くてどす黒いものだ。あまりにも重く、あまりにも大きい、ちっぽけな、くだらないもの。

その時僕は、既視感を味わっていた。

違うな、これは――『見た』記憶じゃない。想いの記憶。

僕の気持ちは大きすぎて、深刻すぎて――きっと君を沈めてしまうから。君はまっすぐに進める人だから。迷わず、まっすぐ進める人だから。

遠い、彼と彼女のように。

「猊下は少し、我慢をしすぎですね」
「我慢…」
「ええ。もう少し、肩の力を抜かれては?」
「…君に言われちゃお仕舞いかな」

そうだよ、これは我慢だ。

我慢して我慢して我慢して。いつかこの感情が消えるまで。いつか何もかも、消えて無くなるまで。記憶も、しがらみも、何もかも。

あの日。

膨大な時間の中のほんの一部。今日みたいな気持ちの良い、よく晴れた日だった。

『軍師殿』
『何をしている大賢者。早く来い』

二人とも笑っていた。

綺麗に結われた長い髪を風に揺らしながら。

赤いマントを翻しながら。

それに応えるように、彼もまた笑ったのだ。上手く笑えた気はしないけれど。それでも、『傍にいられれば』と思った。傍にいるだけで幸せだと。

苦しいことは、自分が一番よく分かっていた。

あの頃から、ずっと、僕は、彼を、きっと、僕は――

「――猊下?」

待たなくて良い。

知らなくて、良いから。


僕はただ、祈るだけ。君が幸せであるように。

君と好きな人が、100年続きますように。



一青窈さんの「ハナミズキ」をテーマに書きました。

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