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ドアの軋む音がして、奴が帰って来たのだと分かった。



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「おう宵風、お帰り」
「……」

宵風は黙って、散らかった床のちょっとしたスペースに座り込んだ。俺は呆れてため息をつく。

コイツのだんまりは今に始まった事じゃないにせよ、俺は「お帰り」と言ったんだ。それを無視されるのは、誰だって気分が悪い。慣れるなんて事は、ない。

「おい宵風……」
「ゆきみ、」

俺が喋り出した瞬間、宵風が口を開いた。不本意ながら、「あ?」と返事をする。
宵風は述語も何も無い、単語だけで自分の欲求を投げ掛けて来た。

「レモネード」

これだから餓鬼ってやつは!



俺はレモネードを作る為にキッチンに向かった。

カップにレモンやら何やらを放り込みながら、俺はまたため息をつく。我ながら甲斐甲斐しい。俺はつくづく宵風に甘いと感じる。ここらで少ししつけてやらなければならないのかも知れない。

俺がキッチンから戻ると、宵風は顔をこちらに向ける事も、視線を動かす事すら無く、ただレモネードを受け取ろうとする両手だけを高々と上げた。

流石の俺も頭に来て、宵風の頭にチョップをかましてやった。宵風が短くおかしな声を出す。

「ちったぁ喋れ!ちゃんと口ついてんだろうがっ」

宵風の頭上にハテナが浮かんでいる。何故。

「まず、帰ったら何て言う!レモネードを受け取る時は!」
「……」

宵風の目が初めて俺に向いて、こう訴え掛ける。


――分からない。


ちっ。


「帰って来たら、"ただいま"。人に何かして貰った時は、"ありがとう"だ」
「ありがとう」

そう言いながら、また両手を向けられた。そんなに欲しいか、レモネード。

面倒くさくなってカップを渡してしまってから、宵風は2度目のありがとうを呟いた。そしてレモネードをふたくち啜った後に、

「ただいま」
「おう」




コイツはきっと、ふらりと俺の前から姿を消すだろう。あの日、俺の所に来たのと同じように、唐突に。

だけどそれまでは何度でも言ってやる。教えてやる。此処はお前の雨宿り出来る場所だと。



「宵風、」



此処はお前の家だよ。










(雪見、きもちわるい)
(うるせぇ!)


fin.

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