その他
□兄貴
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この学校は、初等部と高等部が隣接していて、2つの校舎は非常用扉のついたフェンスで区切られている。それ以外には空調機器があるのみで、初等部と高等部の境といえば、滅多に人が来ないスポットだった。現に今も、誰の姿も見られない。
デンゼル達を除いて。
「諦めるんだな、デンゼル」
少年が、意地悪そうに笑いかけてくる。
デンゼルは追い詰められていた。クラスの暴力グループに目をつけられてしまったのだ。以来何かと因縁を付けてくる。
デンゼルは、自分の恐怖心を打ち消すように、彼らを睨みつけた。
「おお、こわっ」
「こいつ、俺達にケンカ売ってるよ」
「生意気」
まだ初等部なので、「暴行」といってもそれ程危険な事にはならない。それでもやはり集団に囲まれれば、怖い。
今までは何かしらの邪魔立てがあった。デンゼルが先生に呼ばれたり、囲まれそうになっていた所に女の子達が通りかかったり。少年達の企みを妨げる何かが、毎度起こっていた。――でも、今日は違う。
誰も呼ばれないし、誰も通りかからない。デンゼルに味方するものが何も無い。さらにとっさに、一番人気の無い所に逃げ込んでしまった。デンゼルは絶望した。
少年達がじりじりと迫って来る。それに合わせた訳ではないが、デンゼルもゆっくりゆっくり、後ずさって行く。一歩、また一歩と後退し……背中にフェンスが当たった。
「逃げてないで、男ならかかって来いよ、ほら」
完全に逃げ場が無い。
グループの誰かが拳を振り上げたのが見えた。少年達全員かもしれない。
「誰かっ…」
目を閉じて、掠れる声でそう叫ぶ。顔なり体なりに来るはずの衝撃を想像し、身を縮めた。――しかし痛みは一向に訪れない。
「ガキがガキ相手に“生意気”か。ふん、生意気な」
目の前で、知らない男の声がした。デンゼルは恐る恐る目を開く。そこには、金髪の青年が立っていた。やはり知らない人だ。
少年の拳は彼の手の内にあった。だから殴られなかったのか、とデンゼルはぼんやりと思った。
青年が、少年の拳を握る手に力を込めた。
「い、痛い痛い!」
「人に暴力振るおうって奴が、まさか自分がやられる覚悟も無いなんて言わないよな」
拳を捕らえられた少年は、恐怖に顔を歪ませた。青年の瞳が、まるで飢えた野獣のように危険な色をしていたからだ。
青年は少年の拳を解放すると、ポキポキと指を鳴らして見せた。
少年達がサッと青ざめる。
「どうした? 男ならかかって来いよ」
たっぷりと嫌みの籠もった声でそう言って、青年は笑みを浮かべた。
途端、少年達は情けない声を上げながら走り去ってしまった。緊迫した空気が一気に消える。
デンゼルは力なくその場に座り込んだ。助かったのだ。
「大丈夫か?」
青年にそう声を掛けられて、デンゼルは一瞬びくりとした。しかし、すぐに彼にさっきまでの野獣のようなオーラが無い事に気付き、応えた。
「な、なんとか…」
「それは良かった」
感情の込もっていない声でそれだけ言うと、青年はその場を立ち去ろうとした。
「あの!」
青年が振り返る。デンゼルは、高まる気持ちを抑えて、口を開いた。
「あなたの名前は…」
「まず自分から名乗ったらどうだ?」
青年のぶっきらぼうな言い方にも怯まず、デンゼルは答えた。
「あの、僕、デンゼルです」
「そうかデンゼル、以後気をつけろよ」
「ちょ、ちょっと!」
青年は、今度は振り返ってはくれなかった。
デンゼルは、なんとか青年を繋ぎ止めようと、声を張り上げる。
「兄貴って呼んでも良いですか?」
「は?」
そうだ、そうしよう。窮地を救ってくれたこの金髪の青年を「兄貴」と呼ぶことにする。デンゼルはそう決めた。
その日から、クラウドはこの少年から執拗に慕われる事となる。
fin.