その他

□兄貴
1ページ/1ページ


この学校は、初等部と高等部が隣接していて、2つの校舎は非常用扉のついたフェンスで区切られている。それ以外には空調機器があるのみで、初等部と高等部の境といえば、滅多に人が来ないスポットだった。現に今も、誰の姿も見られない。

デンゼル達を除いて。

「諦めるんだな、デンゼル」

少年が、意地悪そうに笑いかけてくる。

デンゼルは追い詰められていた。クラスの暴力グループに目をつけられてしまったのだ。以来何かと因縁を付けてくる。

デンゼルは、自分の恐怖心を打ち消すように、彼らを睨みつけた。

「おお、こわっ」
「こいつ、俺達にケンカ売ってるよ」
「生意気」

まだ初等部なので、「暴行」といってもそれ程危険な事にはならない。それでもやはり集団に囲まれれば、怖い。

今までは何かしらの邪魔立てがあった。デンゼルが先生に呼ばれたり、囲まれそうになっていた所に女の子達が通りかかったり。少年達の企みを妨げる何かが、毎度起こっていた。――でも、今日は違う。

誰も呼ばれないし、誰も通りかからない。デンゼルに味方するものが何も無い。さらにとっさに、一番人気の無い所に逃げ込んでしまった。デンゼルは絶望した。

少年達がじりじりと迫って来る。それに合わせた訳ではないが、デンゼルもゆっくりゆっくり、後ずさって行く。一歩、また一歩と後退し……背中にフェンスが当たった。

「逃げてないで、男ならかかって来いよ、ほら」

完全に逃げ場が無い。

グループの誰かが拳を振り上げたのが見えた。少年達全員かもしれない。

「誰かっ…」

目を閉じて、掠れる声でそう叫ぶ。顔なり体なりに来るはずの衝撃を想像し、身を縮めた。――しかし痛みは一向に訪れない。

「ガキがガキ相手に“生意気”か。ふん、生意気な」

目の前で、知らない男の声がした。デンゼルは恐る恐る目を開く。そこには、金髪の青年が立っていた。やはり知らない人だ。

少年の拳は彼の手の内にあった。だから殴られなかったのか、とデンゼルはぼんやりと思った。

青年が、少年の拳を握る手に力を込めた。

「い、痛い痛い!」
「人に暴力振るおうって奴が、まさか自分がやられる覚悟も無いなんて言わないよな」

拳を捕らえられた少年は、恐怖に顔を歪ませた。青年の瞳が、まるで飢えた野獣のように危険な色をしていたからだ。

青年は少年の拳を解放すると、ポキポキと指を鳴らして見せた。

少年達がサッと青ざめる。

「どうした? 男ならかかって来いよ」

たっぷりと嫌みの籠もった声でそう言って、青年は笑みを浮かべた。

途端、少年達は情けない声を上げながら走り去ってしまった。緊迫した空気が一気に消える。

デンゼルは力なくその場に座り込んだ。助かったのだ。

「大丈夫か?」

青年にそう声を掛けられて、デンゼルは一瞬びくりとした。しかし、すぐに彼にさっきまでの野獣のようなオーラが無い事に気付き、応えた。

「な、なんとか…」
「それは良かった」

感情の込もっていない声でそれだけ言うと、青年はその場を立ち去ろうとした。

「あの!」

青年が振り返る。デンゼルは、高まる気持ちを抑えて、口を開いた。

「あなたの名前は…」
「まず自分から名乗ったらどうだ?」

青年のぶっきらぼうな言い方にも怯まず、デンゼルは答えた。

「あの、僕、デンゼルです」
「そうかデンゼル、以後気をつけろよ」
「ちょ、ちょっと!」

青年は、今度は振り返ってはくれなかった。

デンゼルは、なんとか青年を繋ぎ止めようと、声を張り上げる。

「兄貴って呼んでも良いですか?」
「は?」

そうだ、そうしよう。窮地を救ってくれたこの金髪の青年を「兄貴」と呼ぶことにする。デンゼルはそう決めた。



その日から、クラウドはこの少年から執拗に慕われる事となる。



fin.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ