お題集

□休み時間
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「あれ、村田じゃん」

話し掛けてきたのは向こうだった。

「――渋谷」

名前を呼んだのは初めてだった。多分、それはあっちも同じだったろうと思う。

同じクラスになって半年以上も経つけれど、僕らにはほとんど関わりがない。言葉を交わした事だって数えるほどしかなかったし、会話と呼べるものがあったかどうかも、ちょっと怪しい。

だからと言って、彼が僕に話し掛けてきた事を訝しんでいる訳ではない。クラスメートなのだから、「よう」と挨拶するくらい、不思議な事ではない。

しかし僕は動揺していた。

「お前は行かねーの、外?」
「あ、ああ…」

教室には誰もいなかった。みんな、初雪に浮かれて遊びに出てしまったから。

寒いのがあまり好きではない僕は、風邪気味なのを理由に一人教室に残り、いつものように本を読んでいた。そこに渋谷が戻って来たのだ。

僕は本に目を落とし、平静を装った。

「僕は、寒いの苦手だから」
「ふーん、まあ良いけど」

言いながら、彼は自分の席に向かって歩いて行く。そこにはバットが立て掛けてある。どうやらそれを取りに戻って来たらしい。――待て、雪の中でまで野球をやるつもりか?

「だからって、雪の日にまで本読むことないと思うぞ」
「渋谷こそ、こんな足場の悪い日にまで野球する――って、え?」

僕は思わず顔を上げる。

「え、渋谷…僕がいつも本読んでるって、知って――」

喋った事などほとんど無い。クラスメートである事以外、僕らの間には関わりは皆無だ。だから僕は、今まで渋谷から全く関心を持たれていないと思っていた。

だってそうだろう。話さないのは興味が無いから。話す必要が無いから。だから今まで話をした事は無かったのだ。

少なくとも、僕は――

「知ってるもなにも、同じクラスじゃん」
「そう…だけどさ」
「お前、吉田と坂本が話し掛けても、構わず本読み続けてるだろ。この際だから言うけど、そういうのどうかと思うぞ。友達はもっと大事にしろよな」
「あの2人は、そういう距離感に満足してるから、良いんだよ」

そんな事まで見られていたのか。

本当は、僕は渋谷有利を知っていた。

彼が未来の魔王であり、僕は過去の大賢者として、彼を支える役を担っている事を知っていた。

今までの人生でも、そうした関係にある人と出逢ったり、出逢わなかったりした事はあった。けれど渋谷は、今まで出逢った誰よりも近くにいた。

僕は、揺れた。

今度こそ、秘密の共有が叶うかもしれない。今度こそ、独りではないかもしれない。心から信頼出来る人に、彼ならなってくれるかもしれない。

でも。

渋谷はまだ、自分が魔王である事を知らない。まだ、魔族の事も、眞王や大賢者の事も、あちらの事を何も知らない。そんな内に接触して、うっかり心を許してしまったら、箱だの創主だのなんて話してしまったら――絶対に怪しまれる。火炙りや病人扱いはされなくとも、彼に嫌われてしまうかもしれない。

それだけは、嫌だ。

だから僕は、彼に対する一切の関心を断った。姿を見かけても見ないように。声が聞こえても聞かないように。気になっても、気にしないように。

なのに。

「なー、やっぱ今からでも遊びに行こうぜ。実はメンバー1人足りないんだよ」
「ごめん、僕野球よりサッカー派だから」
「うっわそういう事言う。信じらんねー。大体、こんな雪積もってる中でサッカーやったら、危ないだろ」
「野球だって同じだろう」

それなのに。


キーンコーン カーンコーン


その時、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


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