お題集
□休み時間
2ページ/2ページ
「うそ…」
「残念。終わっちゃったね、休み時間」
念願の雪中野球がああ〜と彼が項垂れる。
念願だったのか。
「やっとみんな納得してくれたんだよ。“せっかくの雪なのに、野球なんていつでもできる”って、聞かなくて」
「反対意見を受け入れろ」
しかし渋谷は、
「ま、良いや」とすぐに立ち直って、「村田と喋れたし」
心臓が、跳ねた。
他意が無いのは分かっている。恐らくそれは、何の気なしに口にされた言葉で、渋谷にとっては何でもないことだって、ちゃんと分かる。強いて意味を持たせるとしたら、「今まで喋ったことの無かった奴と喋れた」ことへの喜び。「また少しコミュニティが広がった」という錯覚。
他意はない。僕が特別だからじゃない。
つーか他意ってなんだよ!!
(ああ、本当に…)
本当に、馬鹿みたいだ。
彼に対する一切の関心を絶った? 違う。そんなの、人一倍意識していたんじゃないか。
見かけないように、彼の姿を探した。
聞かないように、彼の声を耳で追った。
気にしないように、気にしてた。
僕にはずっと特別だった。
その後、ざわめきを取り戻す教室の片隅で、本を見詰めたまま、僕は顔を上げられなかった。――顔を、見られなかった。それは彼が、ぞろぞろと帰ってくるクラスメート達を出迎えに行ってしまったからでもあるが。
とある冬の日の、休み時間のことだ。
その日以降、今まで通り、僕らが言葉を交わすことは少なかったけれど。
その日から、渋谷の声が消えなくなった。
fin.