あいのうた

□約束
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控え目に扉を叩く。

まだ朝も早いので、誰もいない可能性も考えたのだが――

「入れ」

威厳たっぷりの頼れるバリトンにそう促され、おれは執務室の扉を開けた。

「早いね、グウェン」

中に入ると、グウェンダルが早くも仕事を始めていた。

「執務は待ってくれないのでな」

うっ。

山積みにされた書類と格闘するのは本来、王であるおれの役目なのだが、国の政を動かすには、日本育ちの16歳は少々若すぎた。(眞魔国ではもう成人らしいけどね)だから、政治のことはからきしグウェンダルに任せてしまっている。

しかし、やはりそれらは飽くまでおれの仕事なので、眞魔国に帰って来た時にはおれも出来る限りのことをする。…書類にサインをするくらいだけど。

それでも、たまにしか帰って来れない上に、おれの筆が遅いこともあり、書類はどんどん溜まってしまう。

「魔王陛下こそ、今日はやけにお早いご登場で。ランニングとやらは宜しいのか?」
「ああっ忘れてた!…いや、良いんだ、今は。それより今日は頼みがあって――」

ゴン!

鈍い音に話を遮られた。ぎょっとして、二人同時に扉の方を見る。

昨日とはうって変わって躊躇無く扉が開かれ、小さな影が飛び込んで来た。

「ユーリ!」

必死とも不安ともつかない表情が、おれを見つけた途端、ぱっと明るくなる。そのまま飛び付いて来る。

「グレタ!おはよう。よく眠れたか?」
「うん…ユーリは?」
「おれも、よく眠れたよ。昨日はいきなり1人にしてごめんな」

グレタが首をふるふると振った。可愛らしく髪が揺れる。

「ユーリ、お仕事中だった?」

グレタが、グウェンにチラリと目をやって遠慮がちに訊ねた。

「うん、これからね」
「じゃあユーリ、今日はグレタと一緒にいられないの…」

そう言って目を伏せる。あまりに寂しげなその表情に、おれの決意は崩れそうにになる。崩れる前に慌てて切り出す。

「そのことで話があるんだ、グレタ」

楽しい話であることを分かって貰おうと明るい声で話し掛ける。グレタは顔を上げてくれた。

「おれは今から、王様のお仕事をしなきゃいけない。おれが馬鹿だから、やるべきことをいっぱい溜め込んじゃったんだ。だから、今日はグレタとは遊べない。いや、もしかしたら明日も…明後日まで掛かるかもしれない……。だけど、約束する。出来るだけ早く仕事を片付けて、出来るだけ早く、グレタに会いに行く。な、グレタ。おれの仕事が終わったら、どこかに遊びに行こう」

グレタの顔から、みるみる曇りが晴れていくのが嬉しかった。

溜まりに溜まった書類が、いつ片付くかは分からない。それでも――

「待っててくれるか、グレタ…?」

「うん!」と大きく頷く。「グレタ、待ってる」

少女は心から笑ってくれた。

その後グレタは、グウェンに向かって「お邪魔しました」と丁寧すぎるほど深々と頭を下げて部屋を出て行った。夕べ、おれもグレタに敬語を使われたことを思い出した。今思えば、あれも異変の一つだったのだろう。

改めて、おれはグウェンに向き直る。

「――と、いうわけだからさ。協力して欲しいんだ、グウェンダルに」

彼は「なるほどな」と呟いた。

「今、行っても良いのだぞ」

「いや」と首を振る。

「良いんだ、やるべき事をやってから……かっこいい親父の背中、見せてやりたいじゃん?」

そう告白する。気恥ずかしさを隠すためについおどけてしまったが、グウェンは笑わないでくれた。いや、笑いはしたのだが、彼には珍しく穏やかに笑った。そうしてみるとコンラッドに似ている。

「よーしそれじゃ、愛しい娘の笑顔の為に、頑張るかな」
「安心しろ。多忙な魔王陛下の為に、最低限にまで絞り込んである」
「さっすが!おれ実は、もう既に遊びのプラン立ててあるんだよねー」
「丸三日もあれば終わるだろう」


丸三日は掛かるんだ!?


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