今日から君と

□序
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サァァァ――…

血盟城は静かな雨に包まれていた。

昼前から降り始めたこの雨は、強まることも弱まることもなく、淡々と降り続いている。僕はただ、窓に点在する雫が時折溶け合い、流れ落ちる様を見ていた。

ふとユーリを思う。

もっと引き摺るかと思っていたのに、今は雨のことなんか忘れて、ウェラー卿やグレタとティー・タイムを楽しんでいる。

今日はギュンターがいない。諸用で領地に帰っている為だ。一ヶ月ユーリに会えないことで涙に暮れるギュンターを、思わぬ形で勉強を免除されたユーリは笑顔で見送った。なかなか薄情な奴である。(もっとも、ギュンターはその笑顔に狂喜していたが)

勉強は無くなったものの、ギュンターはユーリに課題を残した。その今日の分を午前のうちに済ませてしまったユーリは、昼食をとった後、思いっきり“野球”とやらをするのだと意気込んでいた。そんな矢先、雨が降り出したのだ。

流石にその時の落ち込みようは凄かった。しかし、それをなんとかウェラー卿がなだめ、今はもうすっかり立ち直っている。何事にも前向きなのは、ユーリの長所だ。

また一筋、雨が窓を伝う。

本当は、急遽開かれたお茶会に僕も出席している筈だった。「ヴォルフも一緒に来ないか?」と誘いを受けたのだ。しかし僕は、体調不良と言い訳をしてそれをやんわりと断った。心配してギーゼラを呼ぼうとしてくれたユーリに「少し眠れば治る」と言い残し、一人、部屋に戻った。

僕は一つ嘘をついた。

この身体の重さは、少し眠ったくらいではきっと治らない。元より、不調を来しているのは体調ではなかった。疲れている訳ではない。風邪を患った訳でもない。ただ、無性に胸が痛い。

いつからか、ユーリの顔がまともに見られなくなった。彼に笑顔を向けられると、何故かとても切なくなる。そしてその笑顔が他の誰かに向けられると、悲しい。そんな自分に戸惑う。

――浮気者。

幾度となく投げつけてきたその言葉を、僕は本気で言っているつもりだった。僕以外に優しくするな。僕以外の名前なんて呼ばなくて良い。そんなことを、僕は本気で思っていた。僕は本気だった。

しかし、それらの思考は最近あまりなくなった。ただ、切ないだけ。そして、僕は悔しかった。

僕は、ウェラー卿のように気配りが出来ない。グウェンダル兄上のように威厳が無い。ギュンターのように博識でもないし、グレタのように素直にはなれない。僕は、彼に愛される皆が羨ましかった。

そう僕は、彼のことが――

僕は部屋を出た。鬱蒼とした気分を入れ換えなければと思った。

廊下を歩く。湿った空気が纏わりついて来たが、それは全く不快ではなかった。しんしんと降り注ぐ雨の音は、むしろ耳に心地良い。雨の匂いを感じながら、僕はただ歩き続けた。


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