今日から君と
□喪失
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「好き…なんだ」
そう、目の前のコンラッドに告げる。彼は困ったように目を細め、ため息をついた。そりゃあそうだ。
昼前から降り出した雨は、相も変わらぬ様子で降り続いている。この雨せいでキャッチボールが出来なくなってしまったけれど、お陰でこんな機会に恵まれたのだから、良しとする。人生、何事も前向きに考えなければ損だ。
おれは再び、熱を込めて、告げた。
「好きなんだ。好き過ぎて、辛い。顔もまともに見れないんだ」
「そう、言われましても…」
コンラッドは力無い笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「そういう事は本人に伝えないと」
「それが出来ないから相談してるんだろー」
その為に、グレタにも部屋を出て貰った。
本当は体調不良で寝込んでいるヴォルフラムが心配だったけれど、眠っている最中だとしたら、邪魔をする訳にはいかない。
何より、こんな機会は滅多に無いのだ。ギュンターにもヴォルフラムにも邪魔されず、コンラッドと二人きりになる機会。そう、こんなことはコンラッドくらいにしか相談できない。
おれが、ヴォルフを好きだなんてそんなこと。
「でも…じゃあ、陛下は――」
「陛下って呼ぶな」
「ユーリ」
目を見て、真剣に尋ねられる。
「ユーリは、どうしたい?」
「おれは…」
正直、自分がどうしたいかなんて分からなかった。色々な思いが渦巻いて、結論が出ない。
だっておれとヴォルフは付き合うどころか婚約していて、本当ならおれの願望は叶っている筈なのだ。それなのに、何かが足りない。
ヴォルフラムの傍にいたい。ヴォルフラムの声が聞きたい。ヴォルフラムの笑顔が見たい。ヴォルフラムに、もっともっと近付きたい。
おれはヴォルフラムが好きだ。その気持ちは本物だ。
自分がどうしたいのかは分からない。だけど――
「このままの関係じゃ…嫌だ」
「なら答えは一つです」
コンラッドはそう言って、ニッコリと笑った。
「もう一度、求婚を」
「きゅ、きゅきゅ、きゅ、求婚!?」
思わず食器を磨くような声が出た。そりゃあ、動揺だってするだろう。求婚って、求婚って…
「求婚ってあの、古式ゆかしい…」
「それでも良いですけどね。二人の始まりと同じ方法なんて、ロマンチックだし。――プロポーズするんですよ」
プロポーズ……耳慣れない単語に、おれはくらり目眩を起こす。求婚、プロポーズ、おれが、ヴォルフラムに――
「むっ、無理無理っ…!“好きだ”って言うだけでも心臓止まりそうなのに、ぷ、プロポーズって……」
しかも結局、想いは告げられていないのだ。
「じゃあやっぱり無言でバチンです」
「喧嘩売ってるよ!?」
「でも、伝わるでしょう?」
「それは…」
コンラッドがやけににやにやしているのが気に掛かった。
「…楽しんでるだろう」
「そりゃあ、可愛い名付け子と可愛い弟の縁談ですから。楽しくないわけがない」
「うう、他人事だと思ってー」
「とんでもない!他人事どころか進んで協力するよ、ユーリ」
そう言って爽やかな笑顔を向けられたら、もう後には下がれなかった。
「おれ――頑張ってみるよ」
その時だった。
バタバタと慌ただしい足音が近付いてきたと思ったら、けたたましく扉が叩かれた。コンラッドがそれに応える。
「何だ!」
「失礼致します!」
扉が開いて、ソフトマッチョな一般兵が1人飛び込んで来た。
「何事だ、騒々しい」
「ま、魔王陛下にご伝達申し上げます!ヴォルフラム閣下が……」
「えっ…?」
話題の渦中にあった名前に、おれと名付け親は顔を見合わせる。戸惑うおれ達を余所に、一般兵はさらに衝撃的な事を口にした。
「ヴォルフラム閣下が…お倒れになりました」