今日から君と

□現状
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「それで?」
「はい。ヴォルフラム閣下は、ユーリ陛下のことを忘れていましたね?」

俺は頷いた。

「しかし性格や物言いは、その、以前のような、えっと……」
「わがまま?」
「い、いえ!あの…傲慢……ああ、自信過剰……ええと…っ!」

ギーゼラは、半ば泣きそうになりながら適切と思われる言葉を探した。なるほど、かつての彼はこんな風に思われていたのか。

「とにかく!」ギーゼラはやけっぱちのように大声を出した。「目覚めた時の閣下の言動は、ユーリ陛下と出会う前というより、ごく最近の、冷静で大人びたものでした」

以前の彼はやかましくて子供、か。

「なるほどね。つまり“ユーリと出会う前に戻った訳ではない”と?」
「はい。それで――」

そこで、ギーゼラの顔が曇った。

「――これはあくまで私の仮説なので…もしかしたら、ご報告すべきことではないのかもしれませんが……」
「構わない。話してくれ」

ギーゼラは、目を逸らしたまま合わせようとしない。恐らく、ここへ来るまでも葛藤があったのだろう。それでもまだ迷っている。何だ。

彼女は何を伝えようとしている。

「閣下は……」

やがて、それでもまだ渋るように口が開かれた。

「もしかしたらヴォルフラム閣下は、ご自分にとって辛い記憶だけを消去なさったのかもしれません」
「何?」

咄嗟に聞き返す。

「すまない――どういうことだ?」
「閣下の場合、特定の、ごく一部の記憶だけが消えていて、日常生活に支障は無いと思われます。深層心理が働いて、自己防衛の為に記憶が消えるとすれば――それはトラウマなどの辛い記憶」
「陛下についての記憶が、ヴォルフラムにとって消したいものだと?」
「悪い意味とは限りません。閣下は、ユーリ陛下との関係を悩んでおられましたから……」

ああ。

ユーリがヴォルフラムとの関係を変えたいと思っていたのと同じように、彼もまた、ユーリとの関係を悩んでいたのだろう。

そう、彼らはすれ違っていたのだ。

「…すみません、やっぱりこれはお話しするべきでは……」
「気にすることはないよ、ギーゼラ。君の仮説がその通りでも的外れでも、それを知ったところで、陛下の行動は変わらない」
「閣下……」
「信じるしかないさ。二人はとっくに通じ合っているんだから」






* * * * *






長兄の所から自室に戻り、机に向かった。筆を取り、手紙の文面を考えながら、俺は再びギーゼラの言葉を思い出す。

『自己防衛の為に記憶が消えるとすれば……それはトラウマなどの辛い記憶――』

辛い記憶――か。

ヴォルフラムにとって、ユーリとの関係は、それほどまでに“どうにもならないこと”だったということか。だとしたら、何と不器用な二人だろう。微笑ましいことこの上ない。微笑むわけにもいかないが。

記憶喪失。トラウマ。気兼ね。忘れたいと、強く望むこと。

「“ちっちゃい兄上”……ねぇ」

筆を、置いた。

ギーゼラはまだ、“仮説”を俺に話したことを気にしているだろうか。

まったく――

まったく、何でこんな時に限っていないのだ、この国一番の頭脳は。

結局その日、俺は白鳩を飛ばすのをやめ、そのまま眠りに就いたのだった。



-つづく-
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