年末CD企画

じょきん、赤い糸切断完了
1ページ/1ページ




※ばさら
三成が出てくる。
ちょっと史実入り






あの人は不器用なんだ。
真っ直ぐ過ぎて伝わらないくらいに。




関ヶ原の戦いを前にして、私の主が反旗を翻した。
優柔不断の塊のようなお人であったし、何より怖がりでいらしたから、いつか暖かい日の光に逃げると思っていた。が、まさかこんな時に、と思った。


美濃関ヶ原。立ち込めていた霧も晴れ、疎らに発砲音が聞こえた。
いよいよ始まるんだ、と覚悟した。愚将と言われようとも立派な主。
最期の瞬間までお仕えするのが私の使命なのだ。
宇喜多勢が進撃し始め、島左近殿が負傷したという知らせを聞いたその後。
私は主に命ぜられ、三成様のもとへと向かうことになった。


「ぼ、僕の代わりに三成くんの所へ行ってきてくれないかな…?あと、今の状況を、その、訊いてきてもらえると助かるんだけど…」

「承知致しました。必ずやお役目を果たして来ます故。では、行って参ります」


隣に控えている僧が怪しく笑うのも気にせず、私は単騎、三成様が陣を張っている笹尾山へと駆けた。

道中は特に変わった様子もなく、変な言い回しだが平和だった。法螺貝の音も聞こえず、足軽の雑踏も騎馬隊の蹄が地を叩く振動もしなかった。

私は平和を疎む訳ではないが、好んで受け入れたくもない。
なぜならそれが崩壊する様はなんとも残酷であるからだ。現に豊臣が崩壊した今、三成様の心は指針を失い、只の復讐鬼へと成り果ててしまわれている。


石田三成公。
私は二度しかお目にかかったことがない。
彼の御方は西軍の総大将であり、我が主君の盟友でもある。何より、彼は秀吉様の左腕だった。
私は秀吉様に一度だけお目通りが叶ったことがあるが、その時も三成様は秀吉様のお側に控えておられた。
三成様を初めて拝見したのもその時だった。彼の左側に置かれていた小太刀さえも未だ覚えている。

二度目にお目にかかったのは戦場だった。
私は一番駆けとして敵地に乗り込み、後から続く兵達のための道を切り開くお役目を仰せ付かっていた。
その時の私は自惚れかもしれないが与えられた使命を十二分やりとげた自信があった。
敵の先鋒たる騎馬隊を全滅させ、後に鉄砲隊が使用するであろう竹垣を全て破壊した。
それで油断したのだろう。鍔迫り合いの最中、背後への注意を怠るなど愚の骨頂。私は愚者として背中に傷を負い、果てるはずだった。
無理矢理正面の相手を押し返したところでもう遅い。
煌めく白刃に貫かれるであろうその瞬間。


「!?」


ガクッと男の膝が曲がり、地面に倒れ込んだ。私を貫く筈の刀は地に突き刺さり、行き場を無くしていた。
私は何が起こったのか分からず、男と同様、地に座り込んでしまった。


「おい、立て」


冷たく低い声が私を呼んだ。ふと見上げると、携えた刃に負けず劣らずの痩身。鈍い色の銀髪。大一大万大吉の家紋を掘った鎧を纏った男がそこにいた。


「い、石田三成……さま」

「私の名など今はどうでもいい。早く立て」

「は、はっ!失礼致しました!」


殿の盟友の前で恥を晒すわけにもいかないので、笑う膝を叱咤して無理矢理立ち上がろうと力を入れた。しかし、色々なことが相まって、思うように体が動かない。かくん、と力無く上下に揺れるばかりだ。


「…掴まれ」


にび色の籠手に包まれた手を差し出され、私はより一層慌てた。


「い、いえ!これしきのこと、三成様のお手を煩わせるほどのことでは…!」

「何を言う。それしきのことも出来ていないではないか。早く掴まれ」

「し、しかし…!」

「命令だ。掴まれ」


半ば強制的に手を取られ、思い切り引かれた。その細腕のどこにそんな、と思うほどの力で。

膝に無理強いをして立ってみると、ここら一帯が閑散としているのに気付いた。
周りには敵方の旗が落ちているだけだ。どうして。さっきまであれだけの敵がいたのに。


「あ、ありがとうございます…。あの、」

「戦はまだ終わっていない。一刻も早く秀吉さまの為に働け。しかし命を無駄にすることは許さない」


それだけ言ってしまわれると、三成様は踵を返して味方の援護に向かわれた。
私は追いかけることが出来なかった。よく分からないけれど、一人立ちすくんでしまった。天海さまが私を見つけて駆け寄って来られるまでの間。


それが三成様を拝見した、二回目だった。

私はそれ以来三成様に惹かれた。恋心という訳ではない。ただ純粋に、憧れとして、だ。
しかし代々仕えている主君を捨て、鞍替えしてしまうなど武家としての私の誇りが許さない。だから、盟友相手の大将として何か出来れば、と思っていた。せめて、あの憎悪一色に染んだ御心を一瞬でも解放させて頂きたい、と。
然らば、やはりこの戦には勝たなくてはならない。そう考えると、より緊張感が高まった。
震える足を自分が認めたくないが為に、私は馬の腹を蹴った。







笹尾山の本陣営に辿り着き、兵士に小早川の者だと告げて印籠を見せると、三成様へのお目通りが叶った。
私は前立て代わりの額当てを取り、陣幕を開けた。


「貴様だけか。金吾はどうした」

「恐れながら、秀秋さまの代わりとして参りました。御用件なら私が承ります」

「金吾にいつまで本陣を動かぬつもりかと伝えろ。用件はそれだけだ」

「確と。して、戦況はどのような?」

「今は、」

「三成様!」


横断幕を乱暴に開け、一人の兵士が私と同じように跪いた。その顔は焦りに満ち、ただならぬ事態が起きたことを告げていた。


「どうした。家康になにか動きがあったのか」

「じ、実は、小早川秀秋殿が、」

「秀秋様に何か―――」




「東軍に寝返りました!」



「!?」


頭を鈍器で殴られた気がした。隣の兵が何を言っているのか理解できない。
秀秋様が寝返った?どうして?だって私は先程命を受けたばかりなのに、私はまだここにいるのに。総大将の御前にいるのに。どうして。秀秋様、どうして。
秀秋様は私をお見捨てになられたのだろうか。だから私を単機、敵陣へ放り込むようなことを…。否!主君を疑るなど家臣として最低の行為だ。
ではやはり主なりのお考えがあってのことなのか?それはどんなお考えなのだ。この状況で私に求められていることとは、一体、


「!!」

「小早川勢は大谷勢を目指し現在進軍中!」

「刑部だと!?おい貴様!!金吾の狙いを吐け!さもなくば殺す!さぁ、言え!」


三成様が私に何かを問うておられている。
しかし、私の脳髄は芯まで冷えきっていた。ああ、分かった。秀秋様がお考えになり、私に求めていること。


それは、この場で石田三成を討ち取ることだ。


分かった。
私は、大命を授かったのだ。
これであの人の嫌う戦は終わる。善くも悪くも、終わらせることができる。
あの方の笑んだ顔が見られるのなら、この命など惜しくない。


「おい、聞いているのか!」


顔をあげると、三成様が激昂していた。無理もない。彼の方は裏切りを憎む。彼は少なくとも三回は裏切られているのだから。
周りを見渡せば敵一色。私が有益な情報を持っていなければ殺す気なのだろう。
情報を持っていたところで、吐いてしまえば用済みなのだけれど。
私はふらりと立ち上がり、大声で名乗りを上げた。
周りが一瞬気圧された。その一瞬で、私は三成様の懐に飛び込む。
しかし、彼も伊達に大将を務めていない。容易く太刀を受け止められてしまう。


「貴様も裏切るのか…!」

「私は主の命に従ったのみ!」

「上等だ、貴様も斬首の刑に処してやる…っ!」


女が男に鍔競り合いで勝てる訳もなく。刀を弾き飛ばされ、胸ぐらを鷲掴まれた。
そのまま地に叩き付けられ、胸を踏まれる。抜き身の刀身が三日月に見えた。


「三成、さまっ…」


苦痛に苛まれながらも顔を見上げる。
刀を振り上げた彼は笑っていた。薄い唇が弧を描き、瞳は裏切り者を粛清できる喜びに輝いていた。

ああ、私はきっと今、この瞬間の為に生きてきたのだ。この笑顔を見るために、私は生まれてきたのだ。


よかった。


秀秋様、命を果たせぬことをお許しください。
しかし、最期にこの至福を与えて下さり、私は幸せでした。

もうこれで、思い残すことは何もない。









じょきん、赤い糸切断完了






[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ